映画のある風景
シンフォニーロードと映画街道
志尾 睦子
寒い寒いと言いながらも春は確実にやって来て、例年通り第26回高崎映画祭が開催された。春の風物詩・高崎映画祭も今年で26年目。これまでは映画を粛々と上映する事を最大の目的として来たけれど、四半世紀を過ぎたこれからは、映画上映に加えて映画の誕生や祭りの賑わい、街の活気と人の周遊を意識していきたいとそんな想いで臨んだ映画祭だった。
そんなチャレンジ精神を、高崎市を始めたくさんの方々が汲んでくださって今年はたくさんの新しい試みに着手する事が出来た。中でも感慨深かったのはシンフォニーロードを埋め尽くす高崎映画祭のフラッグだった。高崎駅からまっすぐにのびたこの道に高崎映画祭の文字が泳げば、市民はもちろんのこと各地から訪れた人たちにとって印象づけが大きく変わるだろうし、何かが起きるワクワク感が増すと思っていたからだ。そんなふうに思い始めたのは実はあるドラマがきっかけだった。
それは2002年2月に放送された日韓合作ドラマ『フレンズ』。映画監督志望の韓国人青年と東京のデパートで働く日本人女性とが香港の地で出会い、それぞれの自国で暮らしながら心を通わせていくラブストーリー。青年・ジフンを演じるのが今や不動の韓国映画スターとなったウォンビンで、ジフンが日本にやってくるという下りがある。映画祭のボランティアスタッフをするために来日するというもので、その名も「高崎アジア自主映画祭」。画面に映る映画祭会場はおそらく東京のどこかのホールだと思われるが、設定上は間違いなくアジア映画祭が高崎で行われていて、高崎駅西口のペデストリアンデッキをかけあがるウォンビンの姿が実際に撮影されている。
このワンシーンが私には重要だった。見えないものが見えた瞬間だったからだ。ジフンはおそらく映画祭会場からフラッグの揺れるシンフォニーロードを駆け抜けて駅に走り込んできたはずだ。映画祭一色の街角に異国の青年が映画と恋を抱えて走り抜けるなんてすてきだ。そんな光景が実際にあったらいい。
そう思った景色が10年越しに今年実現した。あの当時、制作側が高崎映画祭の存在を知っていての設定だったのか、ドラマの撮影条件上たまたまだったのかはわからないけれども、なんとも面白みのある展開だと我ながら思ってしまう。メインストリートのシンフォニーロードが誰かの人生の一部を彩る映画街道になる。そんなことを思いながら感慨深くフラッグを見上げた春の幕開けになった。
- [次回:14. 世界の巨匠が歩くまち]
- [前回:12. 幻の映画が誕生した場所]