群響の次代を託す
(2010年6月)
沼尻竜典さん
水谷晃さん
群響首席指揮者兼芸術アドバイザー・沼尻竜典さん
群響コンサートマスター・水谷晃さん
5月22日の463回定期演奏会に、群馬交響楽団の新しい顔として初登場した首席指揮者兼芸術アドバイザーの沼尻竜典さんとコンサートマスターの水谷晃さん。創立から65年の今年、群響の次代を担うお二人に、群馬とのゆかりやこれからの群響、「オーケストラのある街高崎」への思いなどをお聞きした。 (5月18日の練習会後、群馬シンフォニーホールにて)
心と体、三分の一は群馬県民です
沼尻さんは、母親の故郷が桐生にあり前橋にも親戚がいるという縁で、幼少時代から群馬にはよく来ていた。「夏休みは桐生や前橋で過ごしていました。桐生も織物がまだ盛んで、織物工場の音をよく聞いていました。前橋の親戚は料亭で、芸者さんが出入りしていて賑やかだったのを覚えています。『上毛かるた』も母に教え込まれましたよ。心と体の三分の一くらいは群馬県民です」と笑いながら、群馬との深い縁を語る。
温泉、なかでも秘湯と呼ばれるところが好きだという沼尻さんは、群馬にはそんな楽しみも期待している。先日も奥様と法師温泉に行ったそうで、まだまだ行ってみたい秘湯があるようだ。「車じゃなくて電車とバスを乗り継いで行くんです。群馬は車がないと不便ですね」と苦笑い。
まちづくりに役立つオーケストラとホール
びわ湖ホール(大津市)の芸術監督も務める沼尻さんは、ホールやオーケストラがまちづくりに一定の役割を果たすことを実感している。「びわ湖ホールは群馬音楽センターと同じように街の真ん中にある。大津祭に併せてオペラ公演をやって相乗効果を生み出すなど、まちづくりのお手伝いになるように工夫もしている。ホール近くに新たに誕生した4軒の飲食店も順調なようだ」。全国の地方都市と同じように郊外に広がってしまった機能を中心部に再び呼び戻そうとする流れに、ホールが大きく関係していると話す。
群響と群馬音楽センターのある高崎について、「クラシック音楽を聴くということに関しては、こんなに恵まれた地方都市はない。群響メンバーが核となって室内楽活動ができる。また、他の都市では楽器を習いに数時間もかけて通っている子ども達が多いのだが、高崎はその必要もない。群響メンバーに習えるので。音楽のある街として充分な環境が整っている。これをうらやましがっている人はたくさんいる」と、市民にとって当たり前の存在がいかに価値のあることなのかを教えてくれる。
今日より明日、もっとよい演奏を
一方で、「群響は地域と密着している反面、競争がない。本当は都内のオーケストラと競合関係にあるのだが実感がない」と指摘する。そして、「都内のオーケストラに対抗していくだけの演奏力をつけ、脅かす存在でありたい。どの芸術分野でも倒れるまで向上心を持つことが大切。かつて70歳を超えるバイオリニストが『明日は今日よりも上手く弾きたい』と言ったことは忘れない」と意欲を語る。「観客と馴れ合ってしまってはだめ。親しみがあっても厳しく聞いて欲しい」とも。
故郷の大分に似ている高崎の風景
4月のコンサートマスター就任から高崎暮らしを始めた水谷さんは、小学校4年生までを過ごした大分に高崎の風景を重ねる。「駅に降り立って街並みが故郷の大分に似ているんです。中心市街地の規模や地元の百貨店があるところも似ています。温泉が有名な点も共通していて、最初から親しみを感じる街(県)でした」と話す。
昭和の日に群馬の森で行われた「森とオーケストラ」の打ち上げで高崎青年会議所のメンバーらと田町にある屋台通りも経験した。「開放的で良い雰囲気でした。隣の見ず知らずの方が群響のことを熱心に語って下さって盛り上がりました。あの狭い空間がいいですね」と積極的に市民との交流も始めている。
地域に根付いたオーケストラ
2年前、初めて群響と仕事をするにあたって、映画「ここに泉あり」を観た。日本に群響のような物語を持ったオーケストラがあることに驚いたという。「映画を観て、創立の精神が心に響いた。群響はこれからも県民に奉仕して親しまれるオーケストラでなければならないと感じた。都内のオーケストラとは違う特別なものがある」。そして、「森とオーケストラも県民と直接触れ合う大事な演奏会であると知った。ファンの方から手作りのお弁当もいただいて、地域や県民と密着していることを感じた演奏会だった」と思いを新たにしている。
最年少コンサートマスターとして
水谷さんは国内オーケストラの最年少コンサートマスター。年齢に対するプレッシャーを問うと、「あるといえばある。しかし、その席に座れば意識しない。今のところは経験豊富な皆さんが『ああ、君はこうするのね』という具合に温かく見て下さっている。私自身も勉強を重ねて、演奏や言葉で自分らしく示せるようにしたい」と意気込む。沼尻さんも「オーケストラには実力本位の部分と日本的な長老文化のようなものが混在している。水谷さんは実力的にコンサートマスターとして相応しい。しかし一方で長老文化もあり、団員から教わることもたくさんあるが、それは経験を重ねていけば問題ない」と太鼓判を押す。
力強く後押ししてくれる沼尻さんに、「演奏力や表現力を磨いて、東京や新潟からも今以上に集客できるようなオーケストラにしたい」と応える。
最後に、メッセージを
最後に沼尻さんは、「家から歩いて演奏会を聞きにいけるなんて高崎の人は幸せ」と改めて語った。それはクラシック音楽のファンでなくても、市民として誇りの一つだろう。沼尻さんが指揮する演奏は、今年は数回の定期演奏会だけだが、来年以降はもっと増えるだろう。
水谷さんは、「1回の演奏会には3~4日の練習会があり、それ以外の個人練習もほとんどの楽団員が高崎の中で技術を磨いて、演奏会として結実している。そんなことも知っていただいて演奏会にお越し下さると、いつもと違う演奏に聴こえるかもしれません」と高崎市民ならではの群響の楽しみ方を伝授してくれた。
とても気さくで親しみのある沼尻さんと水谷さんなので、身近なところで見かけたら、是非、温かい言葉を掛けて欲しい。
◇芸術アドバイザー
芸術アドバイザーは、どのような演奏会を行うかを決める中心的な役割。演奏会での曲目選定や演奏者への出演交渉なども行う。特に出演交渉においては演奏家との個人的なつながりに頼る面が強く、国内外での経験や広い人脈も必要となる。
◇コンサートマスター
コンサートマスターは、演奏をまとめ上げる楽団のリーダーで、通常は第一ヴァイオリンの主席奏者が務め「コンマス」とも言われる。群響にはもう一人、伊藤文乃さんというコンサートミストレス(女性の呼称)がおり二人体制。曲によってはソロ演奏もあり、格段の演奏技術が要求される。
沼尻竜典・プロフィール
東京都出身。1990年ブザンソン国際指揮者コンクール優勝。欧米各国のオーケストラを指揮、国内では東京フィル、日本フィルの正指揮者などを歴任。91年第1回「出光音楽賞」、01年第51回「芸術選奨文部科学大臣新人賞」、04年第3回齋藤秀雄メモリアル基金賞などを受賞。現在、びわ湖ホール芸術監督、大阪センチュリー響首席客演指揮者。
水谷晃・プロフィール
1986年大分生まれ。小学校4年生から5年間、インドネシア在住。08年桐朋学園大学音楽部ヴァイオリン専攻を首席卒業。同年、第57回ミュンヘン国際音楽コンクール弦楽四重奏部門で日本人として38年ぶりとなる第3位入賞。
(文責/菅田明則・新井重雄)
高崎商工会議所『商工たかさき』2010年6月号