高崎新風土記「私の心の風景」
85. ヤマザクラのメッカ
吉永哲郎
我が郷土の詩人 山村暮鳥の詩に「さくらだといふ/春だといふ/一寸、お待ち/どこかに/泣いている人もあらうに」という『桜』という作品があります。華やかな花に浮かれる人に「泣いている人」がいるよと、悲しい立場にいる人を思いやる詩です。
暮鳥は伝道師として東北の地を歩いていましたから、この詩は、まさに今回の大地震で被災したひとたちへ鎮魂歌としての響きを感じます。今年の花の開花は悲しみを表すかのように遅く、花の下での宴よりも命の尊さをあらためて考えさせる春です。
さて、日本のサクラは種類の多いことで知られていますが、自生種のサクラはヤマザクラです。代表的なシロヤマザクラは中部地方から西日本に、ベニヤマザクラは中部地方以北に分布しているといわれています。そしてこの二つのサクラが見られるところが、日光から信越にかけてで、とりわけ高崎の観音山丘陵は西の吉野山にたいして、その東のメッカとして現在注目されています。一般に花見といえば、上野公園や高崎公園などの花の下で、敷物に坐り、飲食し酔い歌い、賑やかなことをさしますが、その花は栽培種のソメイヨシノですので、この花見は近世以降の庶民文化であるとわかります。
それとは対照的なのがヤマザクラの花見です。花の下でというより、遠く山中に点在している花を愛でるという、一枚の絵画を鑑賞するような気持ちがします。吉野山へ行かなくとも、染料植物園へ架かる「ひびきばし」から、あなただけの一枚の絵を、鑑賞してみませんか。
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