高崎新風土記「私の心の風景」

83. 雪深きさと

吉永哲郎

雪深きさと

 先日、「おい、謡曲『鉢木』の舞台は高崎ではないか。案内をしてくれんか。」と、突然、福岡の友人がやってきました。「今年は、雪がたびたび降るので、〈上野の国佐野のわたりに着きて候、あまりの大雪にて候ふほどに〉〈一夜の宿をおん貸し候へ〉と、つい『鉢木』の一節を口にすることが多いのよ。

 特に回国修行の西明寺入道時頼が佐野源左衛門常世に頼みながら、思わず〈ああ降ったる雪かな〉ともらす場面があるだろう、謡っているうちに急にお前と会いたくなって、やってきたわけよ。」と遠来の友はいいます。

 その夜、久方に一献かたむけ、遅くまで語り合いました。謡曲『鉢木』のように高崎は、雪降り積もる日はあまりないけれど、時折榛名颪に乗って風花の舞う日があることや、この季節になると「雪深きさと」のあたりをなんとなく歩きたくなると、友に語りました。

 翌日、新後閑の琴平神社から佐野の舟橋の万葉歌碑、定家神社を訪ね、新幹線の架橋を挟んで東側にある、小さな常世神社あたりまで案内しました。道すがら、中世の能作家は、藤原定家の「駒とめて袖うちはらふかげもなし佐野のわたりの雪の夕暮れ」の歌をもとに、高崎の佐野のさとを架空空間として描きだしていることを話しました。

 さらに、学生気分そのままに、「あさまの嶽に立つ煙…墨のころもの碓氷川、くだすいかだの板はなや、さののわたりに着きにけり」の一節に、このあたりの地名がでてくるのは、善光寺を往来する時宗に関わる人が、『鉢木』の成立にかかわっていることも語りました。その時、まさかと思いましたが、雪が舞ってきました。

(高崎商工会議所『商工たかさき』2011年2月号)

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