高崎新風土記「私の心の風景」
78. ま葛原の万葉ひと
吉永哲郎
葛は、万葉ひとの生活に深いかかわりをもった、秋の七草のひとつです。葛の繊維で織られた「葛布」は、麻布とともに大事な衣料でした。現代ではほとんど見られませんが、藤原鎌足を祀る奈良の談山神社に伝わる「けまり祭り」の衣服のひとつ「まり袴」は、昔の技法そのままの葛布を用いています。
今は、粉末にした葛の根を葛湯や葛餅などに用い、中でも奈良特産の「吉野葛」は、谷崎潤一郎の名作『吉野葛』とともによく知られています。
さて、万葉ひとは、暑い夏野に思い切り蔓をはって成長する葛の姿に魅せられていました。例えば「ま葛はふ夏野の繁くかく恋ひばまこと我が命常ならめやも」の歌に詠まれているように、葛の生命力を恋の熱情にかえたらどうだろうか、死ぬに違いない。それでも、私はあの人との恋を貫き通したい、というのです。
葛の花はのぼり藤のように房状で、ピンクと赤紫の花から甘い香りがただよっています。そして葉の茂りの奥に咲きますので、情熱をうちに秘めた優雅な女性を思わせます。葛の花の歌といえば釋迢空『海やまのあひだ』の「島山」の連作の冒頭歌「葛の花踏みしだかれて、色あたらし。この山道を行きし人あり」を思い浮かべる人が多いと思います。
私は夏が終わりに近づく頃になりますと、葛が這い広がっている夏の野に、先に山道を行った人や葛の花のような人の姿を求めて歩きます。今年は、乗附緑地からゴルフ練習場への道を歩きました。道脇の網のェンスや樹木にはいまつわる、生命力旺盛な葛に目を奪われました。
(高崎商工会議所『商工たかさき』2010年9月号)
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