高崎新風土記「私の心の風景」
75. マロニエ並木 ―わが十七歳の思い―
吉永哲郎
パリの街路樹はプラタナス、マロニエなど85,000本余りあり、そのうちマロニエは約13,500本あるといわれています。マロニエは日本でも親しまれている名ですが、身近にあるセイヨウトチノキ、オオグリ、ウマグリと呼称されている「橡(とち)の木」です。
五月末から六月にかけて、枝先に、白い赤みのある2~3センチの四弁の花が群がって咲き、大きな若葉が初夏の到来を告げます。この頃になりますと、私はなんとはなしに多くの詩人の溜まり場で、パリのインテリたちのメッカと言われた、サンジュルマン・デ・プレのカフェ「レ・ドゥ・マゴ」や「ド・フロール」前のマロニエの木陰で、コーヒー飲みながら、歩く人の姿を半日もぼんやり見ていたことや、『地獄の季節』の作者ランボーの故郷、北フランスのシャルルビル・メジュェール駅前の大木マロニエの木陰に佇むランボー像など、次々にマロニエ風景を思い浮かべます。
すぐにでもパリやフランスの田舎へ行きたい気持ちに襲われますが、簡単には行けませんので、近くにあるマロニエの木を訪れます。
一つは、碓氷峠の旧道を峠の頂上までの間にある大木のマロニエ、もう一つは群馬の森の入口のマロニエ並木です。ともにパリ郊外のブローニュの森に通じるものを感じます。
私が「マロニエ」を知ったのは、永井荷風『ふらんす物語』の「橡の落葉」を読んだ時です。「マロニエーよ。わが悲しみ、わが悩み、わが喜び、わが秘密を知るものは、汝のみなり」の言葉に惹かれました。夢中で大手拓次、立原道造、堀辰雄の作品を読んでいた高校2年、17歳の時でした。
(高崎商工会議所『商工たかさき』2010年6月号)
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