ものづくり企業の挑戦力
実効性・具体性のある新分野開拓の取り組み
顧客のニーズにきめ細かく対応し、自社の技術を生かした新分野、見過ごされていたニッチ分野に進出するなど、中小企業のものづくりや新製品・新技術開発のための設備投資を試作段階で支援する、国の「ものづくり補助金(平成24年度ものづくり中小企業・小規模事業者試作開発等支援補助金)」に、群馬県は全国トップクラスの採択を受け、高崎市内では数多くの企業が採択となった。
●新分野に挑戦する市内企業の高いポテンシャル
「ものづくり補助金」は、補助率が3分の2、上限1,000万円と優遇された制度だが、単なる設備投資は対象にならず、他社との差別化や実効性を具体的に示す必要があるなど、採択を受けるためには優れた計画書が必要でありハードルは高い。特に3月の第一次公募では、募集開始から締め切りまで10日ほどしかなく、補助金に惹かれ思いつきで応募できるようなものではなかった。多くの市内企業が採択されたことは、新分野開拓への取り組みが日常的に行われており、高崎のものづくりポテンシャルが極めて高いことを示している。
アベノミクス効果で景気が上向いていると言われるが、中小企業の経営には、その効果が実感できず、大型設備投資になかなか踏み切れない現状のなか、新分野に挑戦しようとする企業にとって、この「ものづくり補助金」などの補助金は大きなチャンスとなった。採択を受け、長年あたためてきた構想がかたちになると、喜びを語っている企業もある。ものづくり補助金の採択を受けた企業に取材し、挑戦する企業力を探った。
メガソーラー分野へ製品展開狙う
クシダ工業株式会社
(高崎市貝沢町965)
●20年稼働させるための技術
クシダ工業は、電気設備や上下水道設備などインフラ設備で業界をリードしており、同社八幡製作所では、配電盤や制御盤の設計製造を行っている。ものづくり補助金で、クシダ工業はメガソーラー用の配電装置の開発に伴う生産システムの構築に取り組む。
東日本大震災以降、再生可能エネルギーとしてメガソーラーが注目され、全国で設置が進んでいる。再生可能エネルギーの固定価格買取制度により、期間20年間、買取価格1kWh当たり42円が20年間継続するとなっていることも追い風になっている。事業者は、20年の長期で採算計画を策定しているが、この20年間という期間が、設備サイドから見ると、とても厄介だという。八幡製作所の樋口真一所長は「メガソーラー装置が20年間にわたって、きちんと動かないといけない。言い換えれば、装置を20年間保証するということです」と手放しで喜べない状況を語る。メガソーラー事業は始まったばかりで、どの企業にも20年間の実績や前例などはない。「それだけに技術が求められる分野になるはず」とクシダ工業では大きな将来性を予見していた。
●職人技術を生かした量産ラインを研究
「クシダに頼めばなんでもできる」と言われるほど、クシダ工業の配電盤は高い評価を受けている。これまでの経験から、メガソーラーに伴う技術蓄積はゼロではなかった。
現在、主力となっている製品は、水処理施設や工場、店舗、建物に設置する配電盤で、一つひとつが設計の違うオーダーメイドの一品物。クシダ工業は加工から組み立てまでの一貫生産体制を持っており、国内でも数少ない生産能力を持っている。各工程では、職人的な技術が発揮され、競争力と差別化に結びついている。制御システムは大規模なものもあり、工場内では、実際の稼働状況を再現しながら様々なテストも行っている。製造過程で仕様が変更されるのは日常茶飯事で、「技術がないとお客様の要求に応えられない」という。
こうした技術基盤をもとに、メガソーラー分野では、一品物ではなく、量産化をめざしていきたいと考えている。クシダ工業では、将来戦略の中で量産化をめざした新たな生産ラインを構築するため、高精度の板金設備の導入を検討していたところ、タイミング良く「ものづくり補助金」の募集を目にした。
クシダ工業が考えているメガソーラー用の配電装置は、詳しいことは企業秘密だが、世界一とも言える能力を持ち、風力発電など他の再生可能エネルギーにも応用できる。メガソーラーの設置場所は限られ、国内市場が頭打ちになることが予想され、海外市場も視野に入れている。
●社員にとっても新しい挑戦
長引く不況やリーマンショックで「一時期は、大手工場の電気設備の受注がゼロになったこともあった」という。メーカーの生産拠点が海外へ移り、国内投資が減少したことも受注量に響いた。「これからの分野に、クシダがどれだけ取り組めるかが、生き残りのカギ」と量産化の新事業を考えてきた。「量産化に必要な生産性、コストダウンをこれから研究していきたい」と樋口所長は意欲を見せている。専用の生産ラインを新設し、専任スタッフも配置していく計画だ。
クシダ工業が国の補助制度に応募したのは今回が初めてだった。計画書づくりに参画したメンバーは、社内で部門を超えた意見交換をしながら「選考者は専門家ではないので、内容をわかりやすく説明するのに工夫した」と語る。樋口所長は「社員にとっても新しい挑戦。新しい領域の事業を考え、当社の環境関連技術に生かしていきたい」と考えている。
「世界に5台」の高精度マシンを活用
株式会社町田ギヤー製作所
(高崎市上豊岡町530)
●中期計画で掲げた高度化を補助金で推進
「企業は前へ進むしかない。高度な設備が必要になる」と語る町田一明社長。しかし「設備投資が先か、仕事の受注が先か」というジレンマは、全ての経営者が抱える悩みだ。「このままでは、企業競争に埋没してしまう」と危機感の中で、同社は「次の一手」を打つべく中期計画を策定したという。
平成24年度「革新的低炭素技術集約産業国内立地推進事業費補助金」を知り、中期計画で描いた「次の一手」を実現する絶好のチャンスとして応募した。「補助金ありきではなく、自分たちの目的にふさわしい主旨だったので応募を決めた」という。
計画書の作成は2ヶ月間の短期決戦だった。町田和紀専務が陣頭指揮を取ってプロジェクトチームを作り、パートを分担して取りまとめた。これまでの経験や中期計画のビジョンが役に立ったそうだ。日頃から、提案力を磨き、新しい分野へ挑戦する企画力を高めておくことが重要だ。通常の業務を行いながらの計画書づくりは、やはり苦労した。計画の裏付け資料を探すために国会図書館まで足を運んだそうだ。表現力の高い社員がおり、大いに助かったという。
プロジェクトチームの活動を通じて「生き残るためには新しい分野に目を向け、イノベーションに取り組むしかない」という意識が社内に醸成された。社員教育としても大きな成果があったそうだ。
●最高水準の加工が可能に
町田ギヤー製作所は、社名のとおり、ギヤ=歯車類に特化したものづくり企業。自動車や産業用工作機械などに組み込まれ、動力伝達の要となる部品だ。
同社では、高度化する技術競争に打ち勝っていくため、中期計画では高精度な歯車研削盤の導入を計画していた。
現在の技術でも歯車の接触面を鏡面加工し、伝達効率の向上や静音化をはかることができるが、「高精度化の動きは著しい」という。導入マシンは、世界に5台しかない希少な設備で、最高水準のスペックとなっているそうだ。中小企業での導入例は少ないという。精度の高いギヤは、力の伝達が高効率となり、エネルギーロスの低減や静音化など、環境面でも大きなメリットがある。高水準の加工が行える工場は限られており、同社では新規受注、潜在顧客の掘り起こしにつなげていきたい考えだ。
●機械が届くのが待ち遠しい
取材にうかかがったのは、導入機械が搬入される一ヶ月前。既に設置場所の基礎工事を終え、町田専務は「届くのが待ち遠しいですね」と笑顔いっぱい。新しい事業に取り組むことでモチベーションも上がり、仕事のおもしろさを実感できる。
しかし、機械は機械でしか過ぎず、使うノウハウが最も重要だ。「ノウハウは誰も教えてくれない。地図は自分たちで描くしかない」と新しい領域に踏み出す。
「黙っていても仕事が受注できる時代もあったが、現在は技術を革新し、特色を持たないと生き残っていけない」と町田専務は語る。展示会などで他社にない新技術を紹介すると、来場者の食いつき方が違い、営業面でも手応えがある。
町田社長が若手に責任と権限を与え、仕事を任せていることも、新しいことにチャレンジする気風が社内にあふれる一因だ。「今回の設備投資は、私たちの構想の一つ。更なる一手を準備しています」と町田専務は意欲に溢れている。
長年の夢だった「究極の枕」開発
株式会社プレジール
(高崎市中尾町664―20)
●長年の夢だった新商品の開発で応募
「眠り製作所」のブランドで、安眠枕を販売するプレジールは、登坂好正社長が理想とする新製品開発をめざし、ものづくり補助金に応募した。登坂社長は「計画書づくりは大変だったが、開発しようと考えていた新製品をかたちにできる」と採択された喜びを語っている。
プレジールの安眠枕「エアサポートピロー」は、ポンプでエアーバッグを膨らまし、自分にぴったりの高さに調整できる。スポーツ選手や芸能人にも愛好者がおり、購入者からは「やっとぐっすり眠れる枕に出会えた」という喜びの声が数多く寄せられているそうだ。
●寝具販売から開発型企業へ
安眠枕は一見、簡単そうな構造だが、登坂社長のノウハウが凝縮された労作だ。この枕に取り組み始めたのは8年前。寝具販売を通じてオリジナル商品の開発を思い立った。空気が抜けない、という仕組み一つをとっても、素材やパーツなど耐久性を試しながら試行錯誤の末にたどり着いた結果だ。「テストのため、事務所いっぱいにエアバッグがあふれた時もあった」と、今でこそ笑って話してもらえるが、苦労の連続だったという。眠りへの関心が高まり、枕の重要性が認識されるにつれ、売上が伸びた。U字型の抱かれ枕「アーチピローシリーズ」を発売したのは5年前で、こちらも好調となっている。この製品は大手コンビニエンスストアのキャンペーン賞品にも選ばれ、同社製品の知名度の高さを示している。
寝具売場には、布団や枕がズラッと並んでいる。その中から、価格1万円の同社製品を選んでもらうには何が必要か。登坂社長は、機能だけではなく、デザインやカラーバリエーションなど付加価値を高める工夫を重ね、お客様により満足してもらえるよう努力を重ねた。
●「究極の枕」開発のスタートライン
新製品の詳細は企業秘密となっているが、安眠枕の進化形と言える。昨年から準備を進めてきたが、本格的に開発に乗り出そうとした矢先に、ものづくり補助金を知った。採択を受け、現在試作に入っており仕様の細部まで登坂社長のこだわりが盛り込まれている。今後は、産学連携で開発に取り組んでいく計画だという。
登坂社長は、今後、安眠に関する臨床調査なども開発過程に取り込んでいきたいと考えている。枕や睡眠に関する様々なデータを元に、「究極の枕」を製作していく予定で、今回の新製品はそのスタートライン。安眠できずに悩み、さまざまな枕を試している人はたくさんいる。「プレジールの枕を使えば、もう枕を探す必要はない」、そんな思いを込めて「枕選びにピリオド」をお客様に提案している。登坂社長が求める究極の枕が誕生するのも夢ではないかもしれない。
加工情報IT化の独自システム化でものづくり新ステージを創造
共和産業株式会社
(高崎市島野町890)
●量産から多品種少量へ経営シフト
「ものづくり補助金」では多くの企業が新製品開発を目的に置いているが、共和産業は生産管理システムの開発で採択を受け、異彩を放っている。
共和産業は60台のマシニングセンターを持つ精密加工工場で、航空宇宙産業、自動車、半導体製造装置、発電装置などの精密部品を製造している。
自動車部品などの量産品は月産10万個を超え、同社の売上を支える屋台骨だった。15年ほど前から多品種少量の試作品ビジネスに取り組んだ結果、量産品シェアを超えるメイン事業に成長した。リーマンショックで受注が激減した経験や、海外とのコスト競争になっていることから、今年2月量産品依存からの脱却をめざし、多品種少量の試作品を主力にしていく体制をスタートした。
メーカーから海外進出を要請されたこともあったが、海外の単価競争で利潤を上げることは難しいと判断し、国内で生き残る道として、小ロットの試作品生産に特化することを選択したという。量産部門の生産ラインを縮小するなど改革を断行し、新しい業務体制をスタートさせることになった。
共和産業の再スタートにあわせたかのように、ものづくり補助金の募集が始まり「ちょうどいいタイミングだった」とスタッフ一同実感している。新体制初年度の取り組みとして、小ロット向けの生産管理システムを計画しており、システム開発プランをものづくり補助金にぶつけた。
●多品種少量生産にぴったりのユニークなシステム
試作品は、小ロット、短納期で、工程も多岐にわたる。一日に数十品目が同時に流れ、工程管理、マシンのスケジュール管理が複雑を極めている。突然の仕様変更も少なくない。紙ベースの管理では、顧客から進捗の問い合わせがあっても、即答が難しかったり、一つのマシンに作業が集中してしまうこともあり、現場の課題も少なくなかった。「量産品向けの生産管理システムではとても対応できない」という。さらに「現場はノウハウが蓄積された宝の山。職人技を社員が共有することも重要だ」と、システムの中にデータベース機能も盛り込んでいきたいと考えた。同社の多品種少量生産や要望に見合う既存ソフトはなく、パッケージソフトをベースに、独自システムの開発を決めた。
●転換期の改革意識を共有
個々の受注製品の進捗や各マシニングセンターの稼働状況がリアルタイムでわかる、技術情報が共有できる、生産と営業に必要なすべての情報を「見える化」するのが今回のシステム。各現場にタブレット端末を設置し、インフラも整備していく。「情報化によって生産スピードを上げ、質の高い加工情報を提供していかないと顧客の要求に応えられない」と現場は痛感する。顧客からの問い合わせにも即答できるようになり、営業ツールとしても強力だ。
試作品は、メーカーが量産に向けて試験データを採取するもので、オーバースペックと思えるほど厳しい精度が求められ、海外に流れない分野だ。「試験の中でコストダウンできる部分を探していくので、最初に作る試作品は完璧なスペックが求められる」という。また、多くが一品物なので全く同じ受注品はないが、過去の事例を参考に、不具合の発生を未然に防ぐことができる。
工場内では、かつての量産ラインが停止し、社員もその止まったラインを見て、会社のこれからを考えたという。生産現場で何ができるか。会社が大きな転換期を迎えていることを、このシステムが全社員に浸透させていくことになるだろうという。
先を見る企業にビジネスチャンス
今回取材した企業は、具体的な将来戦略や新商品の開発計画を既に持っており、新分野を創造する気概にあふれているという共通点があった。描いていたビジネスモデルを実現するために、この補助金を活用したというほうが的確かもしれない。新たな挑戦を生き生きと語り、その言葉には自信と誇り、喜びが感じられた。
常日頃から経営課題に向き合い、挑戦する気持ちを経営者と社員が共有していることが重要だと再認識させられた。