医療環境の高度化と病院経営
高崎の地域医療を支える民間病院
ここのところ高崎市内の病院の建て替えや増改築が続いており、医療環境に何か変化が起こっているのではないかと本誌編集委員会での指摘があった。増築をした第一病院や新病院の建築を進めている黒沢病院に取材をしたところ、計画は数年をかけて準備しているので、「時期が重なったのは偶然」という答えだったが、その他にも5月に新病院を完成させた野口病院、現在建設中の井上病院など複数の病院の建設計画が進んでいる。その背景として、高崎地域の医療を支えてきた医療機関相互の役割が浮かび上がってきた。
高崎市の医療環境に対する既成概念
高崎市と前橋市を比較すると、高崎市は医療機関の見劣りが指摘されることが多い。
かつて、高崎市内で総合医療機能を持つ病院は高崎総合医療センター(旧国立高崎病院)だけで、前橋市には群馬大学附属病院、日本赤十字病院、群馬中央総合病院、これに準ずる病院として済生会前橋病院が挙げられる。
県立病院も前橋市に心臓血管センター、太田市に太田がんセンター、伊勢崎市(旧・佐波郡東村)に精神医療センター、渋川市(旧北橘村)に小児医療センターがあり、高崎市には県立病院はなく公立病院が1機関しかない。医療の充実が高崎市の大きな行政課題となり、長年にわたって西毛県立病院の誘致や高崎市民病院の設置などが議論されていた。紆余曲折を経て、老朽化した国立高崎病院の立て替えを前倒しすることにこぎ着け、高崎市の要望を取り入れた高崎総合医療センターとして平成21年10月に完成した。
この時期を境に、高崎市民の医療環境に対するイメージも大きく変わったようだ。平成10年の市民アンケートでは、高崎市の印象として「医療機関が利用しやすいまち」に「そう思う」と回答したのは11.3%、「まあそう思う」が33.4%で、肯定的な回答は44.7%だったが、平成24年度は、「そう思う」が23.7%、「まあそう思う」が38.7%で、肯定的な回答は62.5%となった。施策の評価では「医療や健康づくりの体制」に約7割が満足度を示している。また、どの年代においても、医療、福祉の充実は、常に市民要望の上位になっており、強い関心を示す分野になっている。
公立病院不足を民間病院が支えてきた
高崎総合医療センターは救急、小児救急、周産期医療を中心に高度な医療機能が備えられ、旧国立高崎病院と比較し病床数も88床増床されている。高崎総合医療センターは広域的に重要な役割を担っているが、ここだけで高崎市民の医療ニーズを充足させることはできない。もとより救急医療、高度専門医療は、一般的な病院経営面では不採算部門であり、公的な病院で整備することが必要とされているが、公的な病院が1機関しかない高崎市では、民間医療機関が機能を補う努力を続けてきたといえる。
医師数、病床数では群大病院など公立病院の多い前橋市に及ばないが、入院施設のない医院数はほぼ同数、病院数でも高崎市の方が上回り、医療法人による病院数は前橋市の2倍近い。また、医療・福祉分野の事業所数、従業者数は県内トップで、小売・卸売業、製造業に次いで高崎市の主力産業ともいえる。
医療水準は、数字だけでは見えてこない面も多い。公立病院においてもかつてのような赤字体質から健全化の方向に進んでいるが、民間病院では常に適正な利益を確保し、高度医療や患者サービスの向上へと資金を循環させていくのが経営の基本にある。
高崎総合医療センターと民間病院が連携
救急体制では高崎市と安中市で医療圏が設定されており、高崎市内には救急告示病院(一般には救急病院)が20機関ある。救急告示病院は24時間体制で治療、検査ができ、救急患者を優先的に受け入れる専用病床を持っている。救急では、高崎総合医療センターが高崎・安中医療圏の中心に位置づけられているが、重篤な急性期から回復した患者を市内の民間病院が受け入れ、高崎総合医療センターの病床に空きを作っておくことが民間病院の地域医療連携として重要な役割を担っている。
民間病院では、患者が家庭生活に戻れるよう、治療やリハビリを行い、症状や身体機能の改善をはかっている。さらに患者が退院した後の介護など、生活支援を充実させ、安心して暮らせる医療環境を整えるシステムを構築している。このトータルな連携が高崎市の地域医療を支える大きな柱の一つで、退院した後の安心まで含めた医療体制が、市民の健康を支えている。
民間が役割分担し高度医療体制を実現
救急体制とともに高度な医療施設を持った病院が、医院、クリニックから患者を受け入れ、治療を行う仕組みを地域として実現していくことも重要で、高崎地域に必要な医療機能が民間病院による病棟増設や新病院建築などの先行投資により充実されてきた。
医療は細分化されて専門性が極めて高くなり、高度な健康診断設備、がん治療、慢性患者の治療など、高額な設備投資とスタッフの確保、育成が必要だ。民間病院にとっては、高崎に必要な医療を考えながら、どのような分野に力を入れていくかが重要な経営判断となる。高崎の民間病院はそれぞれ特色的な専門分野を持ち、お互いの専門性を活かし合った結果、地域全体として医療レベルが高度化しているといえそうだ。
また、高崎市内には、医学部を持つ大学はないものの、看護師を育成する教育機関は、高崎総合医療センターや高崎市医師会の歴史ある看護専門学校、高崎健康福祉大学、上武大学、群馬パース大学があり、また福祉分野においても高等教育が行われ、人材を供給している。
特定医療法人 博仁会
第一病院
全国初、リハビリに画期的なADL訓練を導入
第一病院は昭和39年に下小鳥町で開院し、同病院の以北には救急病院が少ないことから、高崎市の北部方面を中心とした地域医療の使命を担い、救急医療に力を入れてきた。今年2月に3階建ての新病棟を増築し、リハビリ部門を重点に強化をはかった。
脳卒中の後遺症や高齢者の骨折など、退院し自宅に戻ってからの生活に不安を訴える患者は多い。高齢者が数週間入院していると体力の衰えも大きい。「自宅に帰って安心して生活してもらうためにはリハビリが重要」と佐藤毅然部長は語る。外来患者の増加に伴い、ニーズも変化し「リハビリが地域医療の中で大きなウェイトを持つようになった」という。
今回の増築では、リハビリ室を充実し、一角には全国で初めて画期的なADL(Activities of Daily Living=日常生活活動)訓練施設を導入した。玄関、居間、台所、浴室、トイレなどがモデルルームのようになっており、玄関の土間と床までの高さ、浴槽と水道の位置関係などが可変で、患者の自宅に近い環境を再現することができる。実際の生活に応じたリハビリを行え、「病院でできたことは自宅でもでき、生活の自信につながる」と効果が高い。病院内はバリアフリー設計のため「あえて、バリアのある環境を作った」という。
歩行訓練では高機能なフィットネス機器を導入したほか、自動車の運転動作の練習、ゴルフの練習もリハビリのメニューに加えている。「今までできたことができない不安を解消していきたい」と考えている。運転できるようになって仕事に復帰したい、好きなゴルフを楽しみたいという意欲は、患者の精神面にも大きなプラス効果になる。リハビリで陶芸や料理も行うなど工夫を凝らし、第一病院ならではのリハビリを充実強化している。
「エースが9人いても野球の試合はできないように、高崎の医療機関はそれぞれのポジションを持っているのではないでしょうか」と佐藤部長は語る。高崎の医療に足りないものを役割分担しながら充実させ、地域の医療基盤を高度化させていくことが重要と考えている。
増築計画は、5年前から準備してきた。特にADL施設は、担当スタッフと熱い議論を重ねてきたそうだ。「消費税の引き上げや借り入れ金利など、外的な条件も考慮する必要がある。先送りしていたら、増築できなかったかもしれない」と、増築時期についても適切な判断だったと考えているようだ。
高崎市下小鳥町1277
グループ職員数 348名(2013.6.1現在)
病院・施設延床面積 11,051㎡
敷地面積 8,584㎡
病床数 189床
医療法人 社団美心会
黒沢病院
新病院に脳卒中センターを開設
黒沢病院は、平成21年に外来棟「ヘルスパーククリニック」を矢中町に開院させた。
これは、予防医療、健康増進に重点を置き、外来診療、人間ドック・健康診断、メディカルフィットネスを備えた施設である。しかし、入院病棟との利便性の向上、連携の強化をはかるため、このほどヘルスパーククリニック北側に新病院の建設を進めている。新病院には、新しく脳卒中センターを開設するほか、透析センター、リハビリセンターも拡充し、来年6月の竣工に向けて計画が進められている。
黒沢病院は人間ドックや健康診断の受診を通じて、生活習慣病を未然に防ぐ一次予防ならびに病気の早期発見、早期・適切治療を目的とした二次予防に力を入れてきた。「これからは予防医療の時代」と黒澤功理事長が考え、平成元年、院内に健康管理センターを開設。さらに18年をかけ、利用者ニーズの分析や日々のサービス改善といった試行錯誤を繰り返しながら、まったく新しいコンセプトによる生活習慣病予防の実践=ヘルスパーク(健康公園)構想を作り上げた。それは医師、スタッフをはじめ、最先端の医療システムを導入し高度化をはかる一方で、ホテルのようなたたずまいでくつろぎとやすらぎを持たせ、敬遠されがちな病院イメージを一新する狙いがあった。以来、人間ドックは、黒沢病院を代表する医療サービスとなるまでに至っている。同センターでの人間ドック受診者は年間2万2千人、10年以上継続して受診している人は5千人に及び、20年継続の人も12人いるという。
そのような中、ある医科大学から、「高崎地域では脳卒中の医療体制が不十分」との指摘を受け、黒澤理事長は新病棟の建設に合わせて脳卒中センターの設置を決めた。
脳卒中の治療は一刻を争い、患者の搬送時間が短縮できれば救命率の向上や後遺症の軽減に直結する。特に脳梗塞は倒れてから4時間半以内に処置すれば、効果的な治療法が確立されている。「脳卒中センターの開設により、ひとりでも多くの方を脳卒中から救いたい」と黒澤理事長は強い使命感を持って臨んでいる。
また、新病院では、災害対策も万全にしていく考えで、免震構造、ガス・コジェネシステム発電などを予定している。
黒澤理事長は、「自分がしてほしい医療を実現してきた」という。「病気にならないようにしたい」、「病状が悪化する前に治したい」という患者の気持ちを自分に置き換え、理想の医療を追求してきたようだ。
高崎市中居町3-19-2
グループ職員数 496名(2013.6.1現在)
ヘルスパーククリニック延床面積 12,585㎡
新黒沢病院延床面積 13,130㎡
敷地面積 32,144㎡
病床数 108床(新棟オープン時)
医療法人 社団日高会
日高病院
各診療科がトップレベルを目指し地域医療の中核に
日高病院は民間病院にもかかわらず、公立病院のような拠点機能を数多く担っている。「群馬県がん診療連携推進病院」、「地域医療支援病院」、「災害拠点病院」、「地域リハビリテーション広域支援センター」などで、災害拠点病院の指定は、高崎総合医療センターよりも古い。同じ都市に二つの災害拠点病院がある例は少ないそうだ。群馬県の災害派遣医療チーム(DMAT)として災害の救援に出動している。また地域で完結できる医療体制の確立をめざし、群馬県内の診療所と結ぶ地域ネットワークは300診療所を超える。
人工透析、生体腎臓移植(平成23年8月より開始し、本年7月現在で16症例)、泌尿器腹腔鏡手術(1〜2㎝の切開で手術可能)、前立腺肥大症や腎・尿管結石のレーザー治療、放射線治療と温熱療法を施行した後に、肛門を温存する大腸がん手術、人工心肺を使わない冠動脈手術、がんの早期発見機器(PET/CT)放射線治療(トモセラピー)など最新の医療機器と技術を持つ。眼科は定評があり、市民に知られる診療科だ。
「それぞれの診療科がトップレベルを目指し、地域医療の中核を担っていきたい」と関原哲夫院長は語る。循環器では365日24時間の救急患者受け入れが可能で、「患者を断らない救急病院」という。
小此木一夫本部長は「常に経営を意識しており、医療という商品の価値を高めていくことが重要」と考えている。救急医療は、不採算部門と言われるが、日高病院は急性期の重篤患者に力を入れ、退院後のフォローを視野に入れた体制づくりをはかっている。
一般に病院は、患者の症状が改善すれば退院させるが、患者本人にしてみれば、後遺症など自宅での生活に不安を感じるケースもある。そうした患者の自立を支援するのがグループ企業の㈱エムダブルエス日高で、地域での包括的なケアを行っている。「365日、24時間、日高が見守っている」という体制を地域に提供するのが狙いだ。
エムダブルエス日高は、介護施設不足が切実になっていることから設立された株式会社組織で、県内最大級の通所介護センター「日高デイトレセンター」と55歳以上に特化した会員制「シニアトレーニングジム」を併設した地域福祉交流センターを井野町に開設している。トレーニングジムは、糖尿病や特定保健指導を受けた人の運動療法、リハビリ、健康増進など多目的に利用され、デイトレセンターは、ゴルフ、カラオケ、陶芸、手芸などリハビリメニューも豊かになっている。また前橋市元総社町のサービス付き高齢者向け住宅で、前橋市の指定を受けて、定期巡回・随時対応型訪問介護看護サービスを6月から実施している。
日高グループ全体の従業者は1,566人で、地域経済、地域雇用への貢献も大きい。「病院は人が財産であり、地域から信頼される医療体制の充実に更につとめたい」と関原院長は語っている。
高崎市中尾町886
日高会グループ(医療法人社団日高会・社会福祉法人健生会・株式会社エムダブルエス日高)
グループ職員数 1,566名(2013.4.1現在)
病院・施設延床面積 21,086㎡
敷地面積 14,394㎡
病床数 267床
思っている以上に高崎の医療は充実している
救急体制強化に市が新施策
分秒を争う救急医療は、距離の近い高崎市内の医療機関で対処してもらうのが最善であり、また、通院や検査で市外の医療機関に通うと一日仕事になってしまう経験は多くの人が持っている。入院した場合、家族が看護や見舞いに通うことを考えれば、高崎市内で高度な治療を受けられることが望ましい。
元来、高崎は公的な機関が少なく民間の力を活用してまちづくりを進めてきたとされているが、医療についても同じ傾向があり、市が直面している医療課題を民間が引き受けながら基盤を整えてきたと見ることができる。
高崎市では今年度から救急患者の受け入れ体制を強化するため、緊急性が高く件数も多い脳卒中、心疾患、外傷の医師を増員しようと、医師1人を確保すれば2,000万円を病院に支給する制度を導入した。また、高崎総合医療センターに集中する救急患者を市内の他の救急病院に分散させるため、救急患者の受け入れ実績に応じた補助金を支給するなど、総額で1億8千万円を「救急医療体制緊急改善対策」として平成25年度予算に盛り込み、医療機関の支援を進めている。
医療は高崎の成長産業
民間病院は施設の拡充や従業員雇用などの病院経営は企業経営と同じと考えているようだ。医療もサービス業と考えて顧客(患者)の望む医療分野を充実させ病院経営を安定させることが必要だ。高度医療施設や先進的な人間ドックは、言葉を選ばなければ集客力が高い。「収益を上げれば、患者のために投資できる」とも話していた。
病気にならなければ病院へはなかなか出かけない。取材した各病院は、がん治療や脳卒中、人工透析など高度で専門分野の医療を行っているが、その情報はなかなか知られていない。病院側もPRする機会も少なく歯がゆい思いもあるようだ。
今回の取材でも示されたように、最近の傾向として高度医療から、介護やリハビリ、予防医療など、医療機関は幅広くグループ展開している。その多くはマンパワーを要する仕事であり、日高病院のグループ全体の従業者は1,500人を超えている。医療・福祉分野は雇用確保においても有望な産業といえ、地域への経済波及効果の面から注目される分野になっている。