社会環境の変化に直面する「生衛業」
生き残りをかけた試行錯誤
飲食店や理美容、クリーニング店など、戦後から国民生活に不可欠なサービスを提供し、公衆衛生を保ちながら生活基盤を支えている業種は、「生活衛生関係営業」(略称・生衛業)と呼ばれ18業種に及んでいる。生衛業は法律等によって営業内容が規定され、経営形態は個人経営が多い。生活様式の変化や自由化、不況など、社会環境の大きな変化の中で、多くの生衛業が岐路に立たされている。
法律によって規定された18業種
生衛業は、一般にはあまり馴染みのない単語かもしれないが、厚生労働省が所管する「生活衛生関係営業の運営の適正化及び振興に関する法律」(略称・生衛法)によって規定された18業種(表1)で、営業する場合は保健所の許可や届出が必要となっている。この法律は昭和32年に制定された。
生衛法に規定される業態は、理容師法、旅館業法、クリーニング業法など、個別の法律によって規定されている。国家資格を持たないと開業できない業種もあるほか、店舗施設においても衛生基準などの義務づけ要素が数多い。生衛法そのものは、経営の健全化や衛生水準の維持向上をはかるもので、行政による経営指導などの施策が盛り込まれている。
安心、安全、清潔、適正な価格など、今でこそ当たり前になっているが、法律が制定された戦後まもない頃は、社会インフラも整わず、衛生基準やサービス、技術などばらつきが大きかった。昭和30年代は高崎市内においても、赤痢など伝染病の集団感染が発生しており、公衆衛生の向上は都市インフラの整備とあわせて大きな課題であった。
18業種を見ると生活に密着し、衛生の確保が重要な業種ということがわかり、生衛法によって、業種ごとに組合組織が設置されているのが大きな特徴となっている。
社会環境の変化に苦しむ業態も
生衛法が制定されてから50余年が経過し、社会環境が大きく変わった。
生衛業の多くは、個人経営、家族経営であり、身の丈にあわせた堅実な経営で切り盛りしている。戦後から長い期間、安定した経営を行ってきた。しかし、資金面など設備投資に限界があり、店舗の大型化や消費者志向の変化という時代の流れにうまく対応できず、事業主の高齢化などもあり、大きな勝負をすることもできなかった。事業主も経営が厳しいということを自覚しているため、子どもが継がなければ、無理をして借り入れを残すよりも「自分の代で終わりにしたい」という考えを持っているようだ。
例えば、一般公衆浴場(いわゆる銭湯)は、自家風呂の普及で利用者が減少し、経営の悪化や後継者不足での廃業が増えている。戦後から昭和30年代には浴室の無い住宅が多く、昭和35年に建設された本町市営住宅には浴室が無かった。こうしたことから、銭湯は生活の一部であり、当時市内には40軒を超える銭湯があったが、現在では5軒ほどとなってしまった。
銭湯は入浴の場を提供する施設として、日常に密着した生衛業の典型の一つといえよう。そのため税制等の優遇措置などがあるものの、いまだに物価統制令の指定を受けている業種であり、入浴料の上限額が決められ自由に設定することができない。近年では、娯楽施設を併設するなどしたスーパー銭湯に代表される大型入浴施設が郊外に出現し、集客の動きが目立っている。こうした業態も公衆浴場業に分類されるが、物価統制令の指定は受けない。
映画館は、生衛業の中でも比較的経営規模が大きな会社組織だったが、娯楽の多様化やシネコンの進出により、高崎のまちなかにあった単独館は閉館が相次いだ。現在、市内にある単独館は「シネマテークたかさき」だけになっている。
理容と美容、それぞれが抱える光と陰
床屋、パーマ屋と呼ばれて親しまれてきた理容業と美容業。町内には、近所の顧客を中心にしたまちの床屋さん、パーマ屋さんがあり、漫画や週刊誌を読んだり、世間話をしたりと、昭和から続く風景だ。
開業には理容師、美容師の免許が必要で、顔ソリは理容師に限られた技術になっている。店舗は、待合い場所と理髪場所を仕切ったり、照明の照度を保つなどの規定がある。また、開業時には保健所の立ち入り調査がある。かつてはハサミ類の殺菌器などの要件もあった。
後継者不足に悩む理容業と、過当競争にあえぐ美容業は、それぞれの悩みを抱えている。
理容専門学校は県内には前橋市に1校で学生数は1学年30人弱。群馬県内における理容室数が平成23年3月時点で2,360ヶ所あるのに対し、毎年30人しか理容師を志す者が卒業しないとあれば、後継者不足は深刻だ。それに比べ美容専門学校は、前橋市、高崎市、伊勢崎市に各1校あり3校合計で1学年600人。かつては、理容師は男性、美容師は女性と分かれていたが、テレビや雑誌などに登場する美容師像に憧れて志望する若い男性が急増したことが背景にある。社会に出た美容師は独立志向が強いと言われており、美容室の過当競争という現状に表れている。
理容室の顧客は年配層を中心に固定客が多く、行きつけの店を決めると他の店に行くことはほとんどない。そのため、売上に大きな変動がない安定した業界と言えるだろう。美容室は業界全体としては店舗が多くて華やかな様相だが、その時々で店を変える顧客の割合が理容に比べて高いという。さらには、いわゆる「1000円カット」と呼ばれる業態が理美容ともに出現し、地場の店舗を脅かしている。カットを中心に施術を時間単位の料金としたり、シャンプーや顔ソリなどはオプションにするなど、短時間・低価格を売りにチェーン展開しており、既存店は地域密着のぬくもりのあるサービスと技術を高めることで生き残りをかけている。
開業するのは簡単な飲食店だが
生衛業の中で、飲食店は比較的容易に開業できる。飲食店は保健所の許可制で、衛生責任者の講習を受け、店舗は厨房と客室を分離するなどの条件を満たし、開業、更新時に保健所の立ち入り検査を受ける。衛生設備が許可要件の主であり、極端に言えば調理師免許や実務経験がなくとも飲食店は開業できる。
集客力のある高崎市は、飲食店の許可申請が増加し、新しい店が増えているが、短期で消えていく店も多い。
個人店は、調理から接客まで家族だけでこなし苦労が多い。加えて、後継者不足も深刻であり、子どもが継がないため、店主夫婦で出来る限り続け、高齢化とともに店を閉める状況もある。古くから続く老舗は、なんとか後継ぎをつくり継続させているようだ。
企業、官公庁の接待や宴会が少なくなり、料亭、割烹は売上に響いているが、弁当の仕出しなど、多角的に営業を展開し努力を重ねている。自分の店の味をアピールし、差別化をはかるという、飲食店としての基本的な取り組みが生き残りのカギになっている。
各県の指導センターが相談窓口に
生衛業の営業規模は、総じて小規模で、経営上の不安要素が少なくない。生衛法によって、営業者の自主的活動の促進、経営の健全化の指導など各種の施策が講じられ、都道府県ごとに指導センターが設置されている。
(財)群馬県生活衛生営業指導センター(前橋市紅雲町)は、生衛業の事業者を中心に経営相談、融資相談、情報提供、講習会・講演会を行っている。
生衛業の各業種組合に加盟すると、有利な条件で融資が受けられるほか、日本著作権協会(JASRAC)との協定でカラオケの音楽著作権使用料の軽減措置があるなどのメリットがある。しかし、任意加入のため、経費削減といった経営上の理由などで、加入者数は減少傾向が続いている。つきあいを避けるなどの意識の変化で新規開業する若者の加入は少なくなっている。
県指導センターの小林洋平専務理事は「組合に加盟すると、経営に役立つ情報が手に入る」と組合の重要さを話す。「世の中の動き、業界の動きに対応して営業する必要があるので、情報を得ながら工夫をすることが大切」と強調している。
小林さんは飲食店などの禁煙、分煙の指導も実施し「たばこで嫌な思いをした非喫煙者の7割は、次から店を利用しなくなる」と警鐘を鳴らす。分煙化は世界的な流れで、神奈川県などで既に完全分煙が条例化されている。群馬県の動向に注視し、また世の中の方向として、小規模店であっても分煙に対応していく必要があるだろう。
現状を打破する第一歩として
生衛業は生活を支える重要な業種として、法的な規制を受けていたため、昔からの営業形態を余儀なくされてきた側面も持っている。しかし、どのような業界においてもお客様に選ばれる努力は欠かせない。ただ、組合や団体などのつながりもない個人店が、日々の事業に追われながら、お客のニーズを的確につかみ、自店の状況を認識したうえで、ニーズに応じて改善をしていくことを、自力で対応するのは難しいだろう。
現在、高崎のまちなかでは、若い経営者同士が集いまちなかの活性化を目指している。その取り組みの過程や業種を超えた情報交換などを通じて、メンバーの一人が行っている特色ある経営手法が、他のメンバーへの刺激となることもあるだろう。もちろん、業界内における組合の存在は重要であるが、今後はヨコのつながりも必要とされる時代となっているのではないだろうか。
特に高崎のまちなかにおいては、生衛業同士の連携が草の根的に発生している。あるレストランでは近隣の劇場と協力し、店内のスクリーンに映画の予告編を上映することで、来店客を楽しませると同時に、劇場への誘客をはかっている。また、別の飲食店では、隣の飲食店と連携して、お互いにメニューの出前を行うなど一風変わった取り組みを実践している。こうした小さな工夫や発想は、経営者同士の密な交流があったからこそだろう。
指導センターの小林さんは「現状を嘆くばかりでなく繁盛している店舗もある。事業主は業種業態にこだわらずアンテナを広げてこうした店に足を運ぶなどし、経営のヒントにしてほしい」と研鑚努力の必要性を強調した。
業界の発展をめざして努力を継続
お客様とのつながりが大切
群馬県理容生活衛生同業組合 常務理事・広報部長
高崎理容師組合長 小林真澄さん(理容こばやし 代表)
理容業は家族経営が多く、少子化により将来の顧客獲得に不安を持っている組合員は多い。美容学校の人気に比べ、理容学校に学生が集まらない状況は全国的な傾向で、隣の長野県は理容学校が無くなってしまった。群馬県では、理容師養成の灯りを消さないよう、広域的な志望者の受け入れや、各地の高校へ出向いて理容業の魅力を伝えるなどの掘り起しに取り組んでいる。
不況の影響で、お客様一人当たりの理容店の利用回数は以前に比べて少なくなっている。また、いわゆる「1000円カット」のチェーン店が増えているが、数をこなす営業形態は、家族経営の店には適していないので、高い技術と適正な料金で、地域のお客様に喜ばれ、愛される店づくりに努力していかなければならない。
昔はハサミやカミソリの研ぎから修行したが、そうした下積みの地味なイメージを払拭し、若者が夢を持って理容師となり安定した経営が行えるよう、業界として力を尽くしたい。
理容店は地域の憩いの場であり、理髪で自分に磨きをかけ、世間話をしたり、気分もさっぱりとリフレッシュしていただける。近年では、新しい取り組みとして、出張理容を行い、寝たきりの方や体の不自由な方の調髪も行っており、好評をいただいている。理容は理髪やシャンプー、顔ソリなど、お客様と直接肌で触れあうので、信頼関係・つながりを大切にする仕事だと実感している。
全国トップレベルの美容技術
群馬県美容業生活衛生同業組合理事長
松本一郎さん(エイト美容室 代表)
美容師を志す青年が増えており、かっこいい仕事というイメージを持っているようだ。美容師が増え、新しく開く店も多いが、過当競争から思うように顧客獲得ができず、経営に行き詰まりやめていくケースも見える。お客様の来店間隔は以前よりも長くなっている。
美容師は技術が命であり、女性を美しくするのが仕事だ。多店舗経営などを行う企業では、経験の浅い美容師でも対応でき、安く早くお客様を回転させる必要があった。そのために考えられたのが、パーマをあまり使わず、普段の手入れに手間のかからないカットを主体としたヘアスタイルだった。このヘアスタイルが流行し、価格競争により美容師は自らの首を絞めるような結果になった。
ネイル、メイク、エステ、ブライダルビジネスと、美容の分野は多様化している。着物の着付けも美容室の仕事のひとつ。お客様の要望に応えられる優れた美容師、資格者を養成していかなければならない。
組合では、技術講習会、保険加入などの事業を行い、会員に役立ててもらっている。技術を競う競技会では、群馬県の代表が全国大会で優勝しており、群馬のレベルが高いことを示している。群馬の高い美容技術をお客様に知ってほしい。お客様の美への要望にしっかり応えていくことが、美容室の役割だと考えている。
高崎を飲食で盛り上げる
高崎北部飲食店組合長
深堀達義さん((有)魚とし 代表取締役)
飲食店の多くは個人経営で、年商も1千万円以下の店が多く、やりくりに苦労している。高崎は新しく開店する店が多いが、反面、長く続かずに閉めてしまう店も多く心配している。
飲食店組合は勉強会や情報交換だけでなく、組合員にメリットのあるポイントカードの発行など幅広く活動しており、青年部の若手も熱心に取り組んでいる。新しく開業する若者がなかなか加入しないのが残念だ。数年前、生肉の食中毒事件が問題となったが、その店は組合に加入しておらず、国などから伝達される注意事項が徹底されなかったために食中毒が発生したとも言える。また、流通ルートを明確にするため、取引等の記録と消費者への生産地表示などを義務づける「米トレーサビリティ法」も、違反すれば罰金も伴うなどの情報を組合員へ情報提供しているが、組合に入っていない店はきちんと認識できているのか不安を感じる。
群馬の味を生かし、技術向上を兼ねた新メニューの料理コンテストや、夏の猛暑対策で実施した「かけこみ110番」など、組合は地域にも貢献している。福島復興カレーを全国組織で販売するなど、組合同士のタテヨコのつながりも深い。
組合員だけでなく、高崎の飲食店全体で取り組んだ高崎バルも成果を上げている。柳川町の活性化も大きなテーマだ。一個店だけでなく、業界がスクラムを組んでいかなければならない時代だと感じている。高崎を盛り上げていくためには、「まずは飲食業が元気にならないと」という意気込みでいるので、業界全体でがんばっていきたい。