ライフラインを守る企業
災害に強い都市インフラの取り組み
都市は人によって守られている
東日本大震災は都市インフラの重要性が強く認識されるきっかけとなった。震災直後を振り返ると、電話が通じにくい、電車の運行がストップ、停電、物流のまひなど、都市ライフラインの弱点を感じさせた。一方、高崎においては震度5強の揺れに見舞われながら被害が最小限に食い止められ、甚大な被害が発生しなかったことも、あらためて認識すべきではないか。
災害に強い都市インフラの取り組みについてライフラインを担う企業に取材し、防災対策や、新たな都市インフラ構築への展望について聞いた。これらの企業は、365日24時間体制で人々の生活を陰で支えており、都市は彼らによって守られているといえる。都市の安全は人によってつくられていることが強く実感された。
新しいエネルギー需要に応える
東京ガス群馬支社
東京ガス群馬支社・大島支社長
明治期から使われていた都市ガス
東京ガスは、首都圏・関東圏に都市ガスを供給し、顧客は約1,085万件、導管の総延長は5万9千kmに及ぶ。マレーシア、オーストラリアなど太平洋地域を中心にLNG(液化天然ガス)を調達し、年間1,100万トンを輸入している。
高崎における都市ガスの歴史は古く、明治期の文明の灯り、ガス灯の時代にさかのぼる。明治45年(1912)7月に高崎瓦斯株式会社(井上保三郎社長)が設立され、10月に設立された前橋瓦斯株式会社とともに、後年、関東瓦斯株式会社、東京瓦斯株式会社へと変遷していく。高崎瓦斯の開業から3カ月で、約1,000世帯に供給、街頭にガス灯6基が設置された。群馬の都市ガスの歴史は高崎から始まり、ちょうど100年の節目を迎えている。
大震災でエネルギーに対する考え方が変化
東京ガス群馬支社の大島厚支社長は、「東日本大震災と福島第一原発事故による電力需給問題で、エネルギーのあり方があらためて問われ、将来を展望した幅広い視点からの検討が求められている」と語る。
都市ガスは、天然ガスを原料に、燃焼時のCO2排出量、窒素酸化物、硫黄酸化物の排出量が、他の化石燃料に比べて少ない。またガス工場から家庭まで製造・輸送によるエネルギーロスがほとんどない。最近ではシェールガスが新しい天然ガス資源として注目されている。
安全で安定的な供給インフラを整備
群馬支社では都市部を中心に9万件のお客様にガスを供給しているが、そのガスは、新潟からのパイプラインと静岡から山梨・長野を経由したパイプラインにより送られてくるものである。このうち、新潟から送られてくるガスは、国内でも数少ない天然ガス田で生産されるものである。
東京ガスは、東京湾岸の3基地、現在建設中の茨城県日立市の基地によるネットワーク化を進め、首都圏、関東圏での安定供給に向け、インフラ整備に取り組んでいる。このネットワークにより、供給ルートを相互にバックアップし、災害時の供給停止エリアを極小化していく。
またLNGの輸入先についても太平洋地域を中心に中近東は少なく、政情による供給リスクも少ない。
安全を確保する地震防災対策
東京ガスでは、大規模地震による被害を最小限に抑えるため、安全面では二重、三重の対策を行っている。幹線には、強度、柔軟性に優れ大きな地盤変動にも耐える導管を敷設。監視員による毎日の点検を行うなど、万全な体制をとっている。
使用量に応じてガスを送出するガスホルダー(=いわゆるガスタンク)も強固な構造を持っている。家庭への引き込みには、伸びが大きく破断しにくいポリエチレン管の採用を促進している。
地震発生時には、供給指令センターが供給停止を行うほか、エリアごとに設置された整圧器などには地震センサーと緊急遮断装置が設置されており、地震発生時には遠隔で供給停止ができるようになっている。家庭に設置されているガスメーターは、震度5以上の地震や異常流出を検出するとガス供給を自動的に遮断する。
「以前は、地震が発生するとガスコンロを止めることが火災を防ぐために必要でしたが、現在は、メーターが自動的にガスを止めるので、お客様はご自身の安全を最優先していただけます」と大島支社長は話す。こうした対策により東日本大震災では、ガスによる事故は、ほとんど発生しなかった。一方、メーターによる自動遮断が十分に理解してもらえていなかったため、東日本大震災の際には、「いつ復旧するのか」という問い合わせが、群馬支社だけで何千件も寄せられたそうだ。
群馬支社では、検針員の声掛け運動や日々の巡視と24時間体制で市民の生活を支えており、火災時には、消防の要請で現場にも急行するなど様々な場面で災害に備えている。
新たな顧客ニーズ、エネルギー需要に対応
東日本大震災以降、複数のエネルギーを効果的に組み合わせて利用する仕組みや、使う場所でエネルギーを生産する分散型システムに注目が集まっている。東京ガスでは、LNGによる発電、家庭用燃料電池エネファームや、ガスエンジンで生成した熱と電気を空調に使うコジェネレーションシステムなど、顧客ニーズに応じたエネルギーソリューションを提供していく。
また、地域全体でエネルギーを効率的に利用する「スマートシティ」、「スマートハウス」により、環境負荷低減に取り組んでいる。
内陸最大の燃料拠点
日本オイルターミナル株式会社 高崎営業所
日本オイルターミナル高崎営業所・唐沢所長
一日にタンクローリー延べ400台
日本オイルターミナル(OT)は、石油製品の物流合理化をめざし、昭和41年、当時の国鉄と石油元売各社が共同出資して設立した。高崎営業所は昭和42年に開設され、現在は、石油元売5社が利用し、臨海地帯の製油所から一日に専用列車9本、貨車最大165両のタンク車を受け入れている。
製油所から運ばれたガソリン、灯油、軽油などの石油製品を、石油会社ごとにそれぞれ貯蔵タンクに保管し、そこから元売各社のタンクローリーがガソリンスタンドまで配送している。入場するタンクローリーは一日に延べ400台で、OTは、受入れから保管出荷までの業務を一貫して行い、製油所と消費者を結ぶ重要な中継拠点となっている。
ガソリンパニックで示された存在感
東日本大震災の直後、ガソリンや灯油の供給が途絶えて、ガソリンスタンドに長い列ができたことは、震災の二次災害と呼べるものだった。その際、OTにタンク車が何両入ったなどと日々報道され、到着車輌が増えるごとに、供給が回復し、ライフラインの重要性が強く認識された。
高崎営業所には、37基の貯油タンクがあり、総容量は約3万1,000キロリットル。年間174万キロリットルを取り扱い、群馬県内で使われる燃料油の約80%がここから出荷されるので、文字通り群馬の生命線と言えるだろう。
日本オイルターミナル株式会社は、札幌、盛岡、郡山、宇都宮、高崎、八王子、松本、高知の8カ所の営業所を持っているが、高崎のターミナルは敷地面積4万4,000㎡で、「内陸最大規模の拠点」と唐沢信一所長は語る。群馬県全域と長野・埼玉・栃木・新潟各県の一部に供給している。
最新の設備と細心の安全対策
可燃物を取り扱うだけに、受け入れから積み込みまで、管理は厳しい。構内は監視カメラを使用して24時間体制で監視され、事故の防止と不審者の侵入対策を行っている。
「万が一に備え、社員全員が一丸となって迅速に対応できるよう訓練を行っています。設備面においても安全を第一に自動化を進めてきました。」という唐沢所長。構内には貨車の引き込み線から、貯蔵タンク、タンクローリーの積み込み棟まで、おびただしい数のパイプラインが敷設されている。状況をリアルタイムで監視し、異常が発生した場合は、自動的にポンプが止まり、バルブが閉じる。
到着した貨車から受け入れを行うピットでは、一両ごとに積載されている油種、メーカーに従い貯蔵タンクへ送られる。チーム作業で密度の測定、目視による油種の確認、パイプラインのバルブ操作を行い、ダブルチェックで人的ミスを排除している。また、パイプラインには、マイクロフィルターを設置し、品質管理も強化しているそうだ。
タンクローリーへの積み込みは30ラインあり、白油のガソリン・灯油類と、黒油の重油類で車線が分かれている。タンクローリーのタンク部分は、内部が5室から6室ほどに仕切られ、配送先に応じて各室に積み込む油種が指定されるが、誤った油種を積み込まないよう、自動的に検知するシステムになっている。注入口がタンクローリーの上部にあるため、作業者は転落防止の安全帯を必ず着用。タンクローリーが構内で交錯するのを防ぐため、走行ルールも厳しく定めるなど、自動化と厳しい対策を実施し、安全を確保している。
構内いたるところに消火設備
貯蔵タンクは、万一、漏れた場合も周囲に広がらないようコンクリート壁で囲まれ、タンク周辺部に消火設備を備える。パイプラインと貯蔵タンクの接続部は、揺れに強い構造になっている。
タンクローリーの積み込みラインなど、構内いたるところに消火設備が配置されている。構内では静電気による火花放電などを防止するため、携帯電話の使用は禁止で、タンクローリーの積み込みライン周辺では、写真撮影も禁止となっていた。消火ポンプは強力で、電気とエンジン両用。定期的に自衛消防隊や消防署との訓練を行っている。社内の安全衛生委員会では、現場を重視した安全作業の取り組みについて議論しているという。
また、構内からの排水は、油水分離排水設備によって汚濁が取り除かれ、環境対策も施されている。
高崎の交通拠点性を活かす
貨物輸送はタンクローリーでの輸送に比べ、大量に輸送され、安定した運行が確保でき、CO2排出量が少ないなどの利点がある。高崎は高速道路網の分岐点になっているので、タンクローリーでの配送にも適している。エネルギーの多様化により、出荷量は微減傾向となっているが、平成24年度は前年度を上回る取扱量189万キロリットルが見込まれている。
災害に強く 都市を発展させる光通信網
NTT群馬支店
NTT群馬支店・榊原群馬支店長
災害に強い情報インフラを整備
NTTの光回線網は、ほぼ群馬県内全域をカバーし、加入世帯数も全国トップの38%に達している。高崎エリアは光回線の導入が県内でも早く、普及は40%を超え、もはや光回線による高速通信網は、産業や暮らしの一部となっていると言えそうだ。
光回線を含め、NTTの電話網はほとんどが二重化され、災害や事故で一部が断線しても、通信が確保できるように設計されている。NTT群馬支店の榊原明支店長は「中継路を複数持つことで通信インフラとして信頼性を強化している」と話す。
災害時は重要な通信を確保
大規模な災害が発生した場合は、被災地への電話が集中しつながりにくくなるが、それは災害復旧のための通信や110番、119番などの緊急電話、公衆電話が優先されるからだ。しかし、代替の通信手段として公衆電話の無料開放、安否確認の伝言ダイヤル(171)などを用意している。伝言ダイヤルは、インターネットのウェブ版でも提供している。
また、衛星通信システムや移動電源車など、臨時回線を開設するための設備機器が群馬にも配備されており、万が一のときに備えている。
通信の早期復旧への取り組みでは、NTTは常に非常時に備えた体制を整え、大きな被害規模が想定される場合は、被災地からの要請がなくても各地のNTTから出動し、復旧活動が行われる。東日本大震災では、震災の翌日から9月1日までの約半年で、延べ2,093人の社員が群馬グループから被災地の支援に出動した。
災害に対する意識を共有
榊原支店長は「常日頃から訓練を行い、災害に対する意識を社員が共有している。気概のある社員が揃っている」と話す。仮に群馬が被災した場合、近県のNTT社員が一斉に出動し、通信の回復など復旧支援にあたるという。
NTT群馬支店では、災害に備え、避難所となる高崎市内の学校の体育館などに、既に電話回線を引き、電話機を設置すればすぐに使えるように準備している。
また、通信の基幹や加入数の多い重要施設については、自家発電エンジンの設置やビル耐震強度の向上等を講じることで、いかなる災害においても通信設備に影響が出ないように対策している。阪神淡路大震災においてもNTTの施設は大きなダメージを受けず、通信機能は問題なかったという。
まちを活性化する情報インフラ
インターネット利用端末がパソコンだけでなく、スマートフォンやタブレット端末、携帯ゲーム機など多種多様化し、外出先でのインターネットへの接続ニーズが高まっていることから、榊原支店長は「都市の情報インフラとして、Wi-Fi(=ワイファイ)環境を整えていくことが必要」と考えている。
みなかみ町では、この夏に町とNTTが協働でWi-Fiサービス「みなかみハピネス・光Wi-Fiタウン観光活性化計画」を実験的に行った。エリア限定で、観光情報を提供し、誘客と回遊性を促進しようという試みだ。駅などに光ステーションを設置し、携帯会社に関係なく利用できる。観光スポットの紹介やお得情報など、そこに行かなければ得られない情報がポイントだ。
県外では、山梨県で、外国人観光客向けにWi-Fi環境を提供するサービスを実施している。パスポートの提示で、光ステーションの接続ID・パスワードを記載したカードを渡し、一週間無料で利用でき、多言語による観光情報もあわせて提供している。
高崎市でも、エリア限定のWi-Fiサービスをタウン情報とあわせて提供すれば、まちの活性化につながるのではと、榊原支店長は今後の取り組みに意欲を見せている。
新しい「光」の活用法を提案
光通信網の普及により、「単に光回線を接続する段階から、光回線を使った新しいサービス提供に取り組んでいきたい」と考えている。電力使用の状況を「見える化」し、パソコンや携帯端末でリアルタイムに確認し、節電や環境対策に役立ててもらったり、シニア層にあわせた活用方法を提案するなど、都市のニーズに応じた「光」の役立て方を検討している。
クラウドコンピューティングやデータのバックアップセンターに必要な施設も、既に群馬支店管内には整っているが、「自治体のデータバックアップは、群馬ではまだ十分に進んでおらず、これからの重要課題となる」というのが支店長の本音のようだ。東日本大震災の被災地では、住民データ消失の危機にさらされた。住民基本台帳や、福祉、健康、介護など住民サービスの基礎情報が記録されたサーバーが被害を受けた教訓から、クラウドを導入する事例も報道されている。大災害に備えた情報バックアップも重要な都市課題となっているようだ。
総力をあげて群馬をバックアップ
JR東日本高崎支社
JR東日本高崎支社・江藤支社長
初期微動から2秒で緊急停止
「地震が発生した場合は、初期微動のP波を検知してから、約2秒で新幹線を緊急停止させる範囲を推定します」と江藤尚志支社長は、新幹線の防災システムを説明する。沿線海岸などにJR東日本が独自に設置している地震計が初期微動や一定の揺れ(S波)を検知し、新幹線沿線に大きな揺れが到達する前に列車を停止させるシステムだ。新幹線の最高速度から完全に停止するまでは数分かかるが、減速による効果は大きく、東日本大震災では本システムが動作した。
平成16年の中越地震は直下型で、走行中の上越新幹線が脱線したことを教訓に、脱線防止対策も強化されている。新幹線の高架橋等新幹線全線で、柱を鉄板等で巻いて補強を行っている。東日本大震災では、こうした対策がなければ被害が拡大した恐れもあるそうだ。JR東日本では、過去の災害データをもとに計画的な対策を行っている。
乗客の安全を最優先
災害時の対応は「とにかくお客さまの安全が最優先」と江藤支社長は強調する。「旅客機のように乗客名簿があるわけではない。何人乗っているかもわからない状況の中で、お客さま全員の安全を守らなければならない」。
地震により列車が緊急停止した場合、長時間停車しているケースもあるが、車両や線路など点検が終わらないと走らせることができないからだ。もし、不用意にお客さまが線路に降りると2次災害の危険が伴うため、迅速に安全確認を行い、早期復旧に努めるという。
運行は全線を点検してから
高崎支社管内は、群馬全県と埼玉県宮原駅以北、栃木県思川駅まで路線延長は533.3km、89駅。大震災発生後、全線を設備系社員が点検、整備し、安全を確認した。レールのゆがみやがけの崩落などを、測定や試験走行、目視で点検する。「一刻も早く運行を再開させるために社員全員が、総力を挙げて取り組んでいる」という。
日常的な点検は夜間に行われ、線路下の砕石の補給や突き固めなど、重要なポイントは手作業で行う。「保線や電気設備などは、泥臭い仕事もあるが、こうした人たちの力で安心して運行できることを知ってほしい」と江藤支社長は話す。
東日本大震災が発生し電車の運行がストップした3月11日の夜、帰宅困難者のために高崎駅がホームの車両を開放し、休息場所に提供したことは大英断だった。
常日頃から災害等に備える社員
高崎支社では、大規模災害を想定し、実際の新幹線を使い乗客の避難誘導訓練を行っている。新幹線の終電後の夜間訓練で、乗客役として江藤支社長も参加する。例えば、榛名トンネルで新幹線が緊急停止した想定のもと、乗客を高架から避難誘導させる訓練などだ。車椅子や障害を持っている人、乳幼児や高齢者、荷物を抱えた人をどのように避難させるのか訓練を行い、検討を行っている。
さらにJRの社員は、常に社章とJRの腕章を携行し、出先で事故・災害が発生した場合は、現地社員とともに対応するような体制ができている。「JR社員として何をしなければいけないか、一人ひとりが自覚しており、しっかりとしたチームワークができている」と誇りを持っている。
群馬の知名度もインフラの一つ
全国魅力度ランキングで群馬県が最下位になったことは、江藤支社長にとってもショックだったそうだ。「群馬デスティネーションキャンペーンを行った直後の最下位は、とても残念な結果」と、複雑な表情だ。正確な運行で、快適な移動、旅行を提供することがJRの大きな責務だが、高崎支社は、群馬の魅力づくりにも力を注いできた。これからも群馬の力になっていきたいと考えており、「群馬の人も郷土を理解し、愛着を持って群馬の魅力を発信してほしい」と期待している。
JR東日本で所有するSLは現在3両、そのうち2両を高崎支社が保有するという恵まれた状況にあり、北陸新幹線の金沢延伸に伴い新幹線の新車両E7系の導入が予定されるなど、高崎は他の都市にはないバリエーション豊かな鉄道インフラを持っている。
「高崎で降りていただいたお客さまに、リピーターになってもらえるよう、地域の人たちと一緒に満足度アップ、魅力度アップに取り組んでいきたい」と江藤支社長は意欲いっぱいだ。