全国一のビジネス立地政策が始動!
優良地場企業の市外流出を食い止め企業誘致に新戦略
富岡賢治市長は、公約の一つに「新しい産業やビジネスチャンスをつくりだし、高崎の発展の原動力にします」と掲げ、高崎の成長戦略として、新しいビジネス・産業を創出し、雇用を拡大していくことを約束した。市長は就任以降、最優先課題として新産業の創出に取り組んできたが、その中で地元高崎の企業が、業務拡大などのために市外へ転出する計画を進めていることが分かり、顔が青ざめたという。「高崎は県内でも活力があり交通拠点性に優れていることから、現状認識が甘かったのではないか」と、高崎のビジネス立地戦略や震災対策を含めた産業振興策を抜本的に見直した。
新たに打ち出された新戦略は、実効性、即効性を伴い、数カ月間で高崎のこれからを左右するほどの大きなインパクトを与えた。
足元の火事に気が付かなかった
高崎の産業活力は高く、優れた交通拠点性と都市インフラは、北関東有数のポテンシャルを持つ。高崎の優位性を活かした産業政策は、都市の成長戦略として極めて重要だ。企業誘致をめぐる激しい都市間競争の中に高崎市も置かれていることは明らかだが、都市の優位性ゆえの落とし穴が見過ごされていた。
高崎の地価は商業地・住宅地とも県内で最も高い。下落傾向にありながらも地価が高価格で推移していることは、高崎の都市力を現す一つの指標ではあるが、産業立地のブレーキともなっている。高い地価あるいは家賃に見合う利便性は、高崎への吸引力として十分に働いていると見ることもできるが、工業用地となると事情が違ってくる。
工業用地も高崎は県内で最も高い。高崎市の八幡原第二工業団地が1㎡3万6千円、前橋市の五代南部工業団地が2万2、175円と1万円以上の開きがあり、東毛と比べれば、約2万円も高い。1万㎡以上の規模の大きな工場立地では、億単位の価格差となる。
また進出企業への支援制度、優遇措置も特筆できるものではなく、何よりも、高崎市内には1万㎡を越える工場を誘致できる工業用地が無い。事業拡大を計画している市内企業にとっては、市外に出るしか選択肢が無かったとも言える。市外から企業を迎えるにも制度や土地など、受け皿が用意されていなかった。
出遅れを挽回する青天井の奨励金
こうした状況について高崎市は「高崎市の工業団地造成は古く、随分前から工場などの建て替えの潜在需要があったのではないか。しかし、市内に空いている工業用地が無かったため、誘致制度を見直す機会を失った」と振り返る。残念ながら既存の誘致制度では、建て替えは奨励対象に含まれていなかった。市内の金融関係者は「誘致面での失速感は否めないと感じていた」と言う。
平成25年度中に供用開始となる「高崎・玉村スマートIC」(仮称)周辺を、新たな産業集積の核とする構想を示してきた高崎市は、出遅れを挽回すべく、この秋、攻めの一手を打った。
10月から、市内への新たな企業誘致と市内企業の流出防止を図るため、土地取得費の30%を限度額なしで助成する奨励金などを盛り込んだ「ビジネス立地奨励金」(8頁参照)を創設した。
奨励金制度の対象区域は、ビジネス立地重点促進区域として、「高崎・玉村スマートIC」(仮称)周辺と、「高崎操車場跡地」の2地区。目玉となる事業用地取得奨励金では、新たに取得した土地の取得費30%を限度額なしで交付する。また施設設置奨励金では、新たに取得した土地・建物・償却資産に係る固定資産税、都市計画税、事業所税資産割相当額を限度額なしで5年間交付する。
対象となる施設は、事業者の本社・支社、事務所、研究所、工場、倉庫、物流センター、事業者のコールセンター、店舗、スポーツ施設など多くの業種が対象。投下固定資産総額(土地・建物・償却資産の総額)が5千万円以上。
この奨励金制度は、事業用地取得奨励金のほかに、施設設置奨励金、雇用促進奨励金、上下水道料金助成金、緑化推進奨励金、地球環境並びに省電力設備設置奨励金があり、操業を開始した翌年度から交付する。
全国トップレベルの奨励制度
上限無しの30%
高崎市では、関東近県や同規模の都市における制度を精査し、高崎市独自の奨励金制度を作り上げた。「全国的に見ても遜色がない制度」と自信を持っている。土地取得費の「限度額無し30%」が、高い地価のハンデを補う。限度額を付けると、大規模用地など投資額が大きければ、奨励金が実質30%以下となり魅力が薄れる。
今のところ「㈱原田」への売却が決定している。操車場跡地14・8ヘクタールのうち、3.8ヘクタールで、売却額は約16億4千万円を見込んでいる。奨励金を試算すれば約4億9千万円で、例えば限度額を1億円を設定していれば実質約6%、3億円で実質約18%程度の補助率になってしまう。
「高崎は県内で最も地価が高いのだから、一番良い奨励制度を持たないと誘致は難しい。今回の制度は企業から評価されるだろう」と金融関係者も太鼓判を押す。高崎市は「進出を計画している企業は、多いわけではない。限られたパイの奪い合いであり、他の自治体と同等以上の奨励制度がなければ、検討の土俵にも乗らない」と、この制度を弾みに、積極的な誘致に乗り出していく考えだ。
投資の5倍の経済効果
高崎市にとって“限度額なし”の奨励金は予算の立てようがなく、財政面でのリスクを伴うが、「ことなかれ主義」ではない姿勢も、英断だった。金融関係者は「高崎市の競争力がついた」と今回の奨励制度に期待を込めている。用地取得のハードルがクリアされれば、通勤やビジネスに便利な高崎市の優位性が存分に発揮できる。高崎市では「行政が数百億円を助成して企業を誘致している自治体もある。高崎市にナショナルブランドの企業を大規模に誘致できれば、うれしい悲鳴になるだろう」と言う。
この制度を利用して、いち早く高崎操車場跡地への進出を決めた「㈱原田」の原田節子専務は「高崎市内は土地が高く、また十分な広さが確保できないと考えていたので、当初は県外に新工場を考えていた。経営判断の中では、高崎市へのご恩と経営は切り離さなければならない場合もあるが、この制度が進出の決め手になった。市長、副市長の熱心なトップセールスにも押され、高崎市に新工場を建設できるのは喜びだ」と話す。
高崎市によれば、工場などの場合、投資金額に対し概ね5倍の地域経済効果があると考えられ、従業員雇用も含めれば、それほど時間をかけずに、奨励金に相当する税収増につながると見ている。
電車の窓から原田のシンボル工場
高崎操車場跡地に建設される「㈱原田」の新工場は、高崎線線路沿いで、電車の窓からよく見える立地だ。現在、仕様を検討している最中だというが、5階建てで「風格のある外観にしたい」と原田専務は意欲的だ。新町のパレス風(宮殿)のデザインが踏襲される予定で、高崎線の車窓からインパクトのある風景になるだろう。
新町の現店舗は、平成16年に最初の「シャトー・デュ・ボヌール」が建設され、平成20年に「シャトー・デュ・エスポワール」が増設された。生産、販売、物流の全機能を担い、敷地内が錯綜していることから、機能分離の必要性に迫られていた。
ゆとりを持って設計したはずの工場も生産ラインの増設によって目一杯になり、新商品を作りたくても新たに機械を置く場所がないそうだ。従業者がくつろぐ「ゆとりルーム」を原田専務は最後まで残したかったが、人数が増えたためにロッカー室に変わった。一日も早く新しい工場を建設し、「増産や福利厚生の充実など、現状の課題を解決したい」と考えている。
現在、メイン商品のラスクは一日に120万枚から130万枚製造しているが、新工場ではラスク以外の焼き菓子を主力に生産し、全体の売上ベースでは2割増を計画。平成25年3月稼働の予定だ。
塩漬けの「高崎操車場跡地」が再生
開発が進む高崎操車場跡地
高崎市は、高崎操車場跡地の周辺地域75.2ヘクタールで区画整理事業を進めてきたが、跡地開発計画は二転三転してきた。
高崎操車場跡地は、市街地に近い産業団地として開発に着手し、平成10年にリサーチパーク、平成14年にビジネスパークと、計画を変更しながら企業誘致に取り組んできた。高崎市産業創造館は、ビジネスパークの核となるインキュベーション施設で、誘致の呼び水として設置された。しかし、都市インフラが未整備であったことなどから、具体的な引き合いに結びつかず、高崎市は、平成19年に誘致を凍結し、インフラ整備を優先することにした。周辺が区画整理で宅地化が進んでいることもあり、高崎市は、昨年から一部を住宅地として販売し、概ね順調な結果となっていた。市はこのまま、宅地化を進める考えだったが、市長の「ビジネス立地奨励金制度」の創設で、状況が一変した。
現在、進出が決定している「㈱原田」の他に、食品関連企業、IT関連企業が進出を検討しており、10年以上塩漬けされた土地が、従来の政策とビジネス立地奨励金制度とのセットによって、一気に前進する見通しだ。こうした流れからすれば、長年取り組んできた新駅構想についても具体化に向け、協議が始まる可能性も考えられる。
自由に切り取れるビジネス用地が必要
企業誘致用地と期待されるスマートIC周辺
「高崎・玉村スマートIC」(仮称)は、平成25年度中の供用開始を予定しており、東毛広域幹線道も平成26年度までには、暫定部も含め全線が開通する。「高崎・玉村スマートIC」(仮称)の利用車数は、本線直結型ということもあり一日6千台を見込んでいる。高崎ICの利用車数が1万8千台であることから、スマートICとしては、全国有数となることだろう。
スマートICによって、高崎市東部地域の開発が加速する。市内工業団地に空きがない現状もあり、スマートIC周辺は、高崎市の次代を担う重要な誘致用地となる。高崎市は「新しいまちができると考えてもいい」と言う。
「元気のある企業は、3万㎡程度、最低でも1万㎡の用地を求めている」と市内の金融機関や不動産関係者は指摘し、「高崎・玉村スマートIC」(仮称)周辺のビジネス団地化は、夢物語ではないと言う。
既にこのエリアについては、全国に取引先を持つ地元大手企業等が進出の検討に入っている。「吉井ICも含め、高崎市内のインター周辺の構想が重要になるだろう。従来のように最初から細かく区画せず、20万坪、30万坪の用地を用意して、自由に切りとって使えるようにしておかないと競争に出遅れる。すぐに着工できますよと、攻めながら待つ状況を作って行く必要がある」との見方も示している。
一歩先取りの情報網が重要
高崎市は、企業誘致を促進するため8月に「市ビジネス誘致アドバイザー」を発足させている。アドバイザーは、事業用不動産コンサルタントなど都内企業の幹部、役員などを含む10人で、ビジネス誘致についての情報収集、調査の助言を行う。
「シービー・リチャードエリス」、「三井不動産」、「住友不動産」、「博報堂」、「東日本電信電話」、「アールアンドディーアイスクエア」、「ぐるなび」、「群馬銀行」などがメンバーとなり、首都圏の情報を高崎に直結させる考えだ。特に「シービー・リチャードエリス」は世界的な不動産コンサルティング会社で、グローバル企業の情報収集や企業誘致などの可能性が広がる。今回の「ビジネス立地奨励金制度」にもアドバイザーの意見が反映されているという。
ビジネスのスピードが増しており、情報を先取りし、誘致セールスを行うことが、都市間競争に生き残る道になるだろう。
事業所税の初年度助成率も引き上げ。
課税面の助成制度も重要
今年、7月1日から課税開始となった事業所税に伴う中小企業支援策として実施している「中小企業経営安定化助成金」について、高崎市は黒字決算企業の初年度助成率を2分の1から、4分の3に引き上げた。赤字決算の場合は、平成23年7月1日から平成28年6月30日までの5年間は、事業所税の全額に相当する額が助成される。事業所税については、納税に伴う資金繰りを支援するため、高崎市では制度融資を創設するなど支援が厚い。
高崎市では、助成の対象となる事業者は、平成20年度決算状況から試算した結果として課税対象の670事業者のうち、70.1%の470事業者を予想している
「中小企業経営安定化助成金」の枠組みは中小企業だが、「ビジネス立地奨励金」にも事業所税資産割相当額を5年間助成するなど、課税面での助成制度が盛り込まれている。
課税面での助成は、重要な制度と言えるだろう。「企業のニーズに即した施策を行わないと候補地にならない」と金融関係者は言う。
市内中小企業への支援策にも即効性。
住環境改善助成で10億円規模の経済効果
高崎市は、東日本大震災で被害を受けた住宅の改修やリフォームを促進し、中小零細企業の売上増をはかるため、工事費の一部を助成する「住環境改善助成制度」を創設し、10月から募集を開始した。市民が所有・居住する住居の改修や模様替えなどを市内業者に発注して施工する20万円以上の工事について、市から工事費の3割・上限20万円が助成される。
11月末の締め切りまでに1,200件程度の申請を見込み、当初見込んだ250件の4倍以上になると見ている。予算措置した250件分の5千万円では足りず、今後の見込額、約1億7千万円を補正予算に計上した。
工事内容は、外壁工事23%、内装工事20.3%、浴室・トイレ15.7%などで、発注先の業者は、工務店など一般建設業が45.2%、瓦・畳など専門建設業が21.7%、水道など設備関係業者が15.1%となっている。
高崎市には、今回の助成制度をきっかけに、リフォームを考えたという市民や、仕事が回ってきたという業者の声が届いているという。
富岡市長は「1件のリフォーム費用が100万円ほどと考えれば、この助成制度によって市内の工務店に10億円規模の経済効果があるのではないか」と話している。
また福島第一原発の放射性物質漏れ事故で被害を受けた市内農家の経営支援として、高崎市は「つなぎ資金」を8月に拡充した。貸付限度額を500万円から1,000万円に引き上げ、返済期間も5年から10年に延ばした。元金償還の据置期間は2年で、高崎市内の農協を通じて融資する。高崎市の利子補給などにより、最近の金利動向では農家の実質的な借入利率は0.1%となる。
さらなる中小企業支援が重要
投資意欲が旺盛で元気な企業による大規模投資に加え、今後は中小零細にも大胆な施策が期待される。規模にかかわらず、自助努力だけでは解決できない厳しい経営環境にあり、高崎市の強力な支援体制を期待したい。