正しく怖がる放射能
高崎への影響を須郷高信博士に聞く
(株)環境浄化研究所代表取締役の須郷高信博士
福島第一原発で起こった多量の放射性物質の放出事故。事態収束への道のりは遠く、私達はこれから長期にわたって目に見えない放射能に対応していかなければならない。
事故発生から4か月の間にテレビや新聞などの報道を通して、放射性物質やその影響について多くを知ることになった。しかし日々多くの情報が発信される中で、今後私たちはどう対処したらよいのか?計測されている数値が示すものは?そもそも放射能とは何なのか?そんな疑問が湧き起こってくる。
本特集では、元日本原子力研究開発機構で放射線化学の応用研究に従事し、現在(株)環境浄化研究所代表取締役の須郷高信博士に、高崎への影響と放射能の“そもそも”をお聞きした。(6月17日取材)
楽観論や悲観論ではなく、哲学と科学の両側から見る
―長い間、原子力を使った技術や製品開発に携わってこられましたが、まず、今回の事故に対してどのようにお感じですか?
須郷日本では、以前から原子力はすなわち核兵器と結びつけられていました。日本人にとって原子力の原点は広島と長崎なので仕方のないことです。その拭い去ることのできない経験は、今でも日本人の原子力や放射能に対する「哲学」の根幹にあります。
この哲学は非常に大切ですが、長年にわたって蓄積されたデータや研究による「科学」もなければならないのです。今回の放射性物質の放出事故は今や風評被害をもたらしパニック寸前の状態にありますが、単なる悲観論や楽観論で語ってはいけない問題なのです。
「全ての物は毒である。その毒性は量で決まる」パラケルサス
―多くの人々は、放射能とは人間にとって危険なもの、ゼロでなければならないと考えているようですが?
須郷16世紀の医師で錬金術師だったパラケルサスは「全ての物は毒である。その毒性は量で決まる」と語りました。塩も一日に7g程度なら一生摂りつづけても害はありませんし、むしろ適量は摂取しなければなりませんが、一度に200g食べると死んでしまうのです。
実は放射線も同じで、人間が生きていく上で一定量の自然放射能が必要不可欠なのですが、大量に浴びると危険なものになります。人間自らも毎秒約7,000ベクレルの放射線を放出しています。これは体内に「カリウム40」や「炭素14」、「ルビジウム87」などの自然放射性物質(地球誕生当時から存在する放射線)があって、これを放出することで活性酸素を不活性化して自然治癒力を保っているのです。
ベクレルやシーベルトという単位について知る
―ニュースや新聞で使われているベクレルやシーベルトという単位について教えていただけますか?
須郷ベクレルとシーベルトという単位は、それぞれ放射線に対して異なることを示しています。ベクレルとは物質が持つ放射能強度(強さ)のことで、シーベルトとは人体への影響を示す単位です。これを考案したシーベルト博士は、放射線が医療的に非常に有用であることを認識した上で、それを多量に摂ると危険であることも表明して、そのしきい値として1シーベルトを導入しました。1シーベルトとは、浴びると一般人の一割が気分を悪くしたり、吐き気をもよおしたりする量であり生涯線量の制限値となりました。そして、この10倍の10シーベルトが致死量となったのです。現在のマイクロ・シーベルトという数値は100万分の1を表すもので、そもそもこの単位が持つ意味とはかけ離れたものであるとも言えるでしょう。
野菜にも岩石にも肥料にもある自然界の放射性物質
―農産物から基準値を超える放射線が検出され、一時的に群馬県産の野菜も出荷停止という措置がとられましたが。
須郷ほうれん草をはじめとする野菜類から高い放射能が検出されて出荷停止になりましたね。そもそもほうれん草に限らず生物には地球起源の天然放射性物質である「カリウム40」が含まれています。
県外のほうれん草から一時的に15,000ベクレルの放射性ヨウ素が検出されました。これをシーベルトに換算してみると、仮に一日約15グラムを摂取した場合、0・0049ミリシーベルト(4・9マイクロ・シーベルト)になりますが、半減期が8日のため2ヶ月で測定不能までに減衰します。
ビルの外壁などに御影石の多い地域や放射能温泉地域では、年間100?200ミリシーベルトの放射線を常時浴びながら、健康な生活を送っていることが医学的臨床例として報告されています。
今よりも10万倍の放射能が存在していた1960年から80年代
―過去には核実験やチェルノブイリの原発事故などがありましたが、それらはどのような影響があったのでしょうか?
須郷1960年代から80年頃まで、東西冷戦時代の米国やソ連、中国による大気圏内核実験の影響で、東京都内での定点観測では今よりも10万倍の人工放射能があふれていました。これは1954年のビキニ環礁での核実験以降、環境放射能の研究が本格的に始まり、以降50年以上にわたって気象研究所が調査してきた結果によります。
私もその時代を生きてきましたが、40代から50代の方々はそのような時代に幼少期を過ごしてきたことになります。
高崎での生活は大丈夫か?
―長引くことが予想される今回の事故ですが、私たちはどのようなことに注意していけば良いのでしょうか?
須郷事故が発生した福島第一原発とその周囲は多量の放射性物質が存在していて、危険な状態にあります。それでは群馬県ではどうか。決して楽観的ということではなく、今まで通り生活をしてもほとんど影響がない状態だと考えています。ただし、放射性ヨウ素が極微量ですがまだ検出されているということは、事故現場からの放出が続いている可能性があると判断されます。
放射性ヨウ素は甲状腺で蓄積されると人体へ悪影響を及ぼす可能性がありますので、数値で見る限り現時点では心配ない範囲ですが、心理的に気になる場合は外出時にはマスクをつけることをお勧めします。
現代社会において健康に害を及ぼす要因は、喫煙や排気ガス、ストレスなどさまざまなものがあります。今回の事故がストレスとなることも健康に大きな影響を与えます。哲学として放射能への恐れを感じることは大切ですが、科学として放射能を知ることも大切です。