専門学校の役割が変わる 戦略的経営を迫られる専門学校
大原学園 安部辰志理事長
中央カレッジグループ 中島利郎理事長
高校卒業者が入学する学校というイメージが強かったが、現在は、大学卒業者や社会人が専門学校に入り直して学ぶ人も多くなっている。
平成19年、大学志願者の人数と全大学の募集定員を比較すると大学志願者の数が下回る大学全入時代を迎え、専門学校志願者が減るのではないかと予想された。しかし、予想に反し増加傾向にある。これは、専門学校に入ろうとする人の層が広まり、その役割も変わりつつあることが理由のようだ。学校設立場所に関しても変化がみられ、地方都市に学校が新設されることも多くなってきている。
文部科学省は平成18年度から、少子化や産業構造の変化や社会環境の変化に対応した専門学校のキャリア教育・職業教育を戦略的に推進している。例えば、「専修学校を活用した就業能力向上支援事業」・「専修学校教育重点支援プラン」の拡充がそれである。また、平成19年12月には、学校教育法の一部改正を行い、「専修学校の自己点検・評価の義務化」が規定された。これにより専門学校の新たな経営の方向性が示された。
戦略的経営とは、別の見方をすると、専門学校の生き残り戦略でもある。今回の特集では、専門学校の高崎・群馬における近年の動向を踏まえるとともに、地元群馬の中央カレッジグループと大手の大原学園の教育・経営戦略の現状と特徴を探ってみた。また、学生や企業から求められる専門学校の現状と、地方都市、特に高崎との関わりについて考えてみた。
専門学校進学者が激増
平成22年度、全国の大学・短大・専門学校への入学者数のうち、特に専門学校に進学する人数の前年比が大幅に伸びている。学校基本調査によると、大学(学部)が前年度より1万人多い61万9000人で、1・7%の増加、短大(本科)は7万2000人で、前年度より1100人(1・5%)減少。
平成15年度以降減少傾向にあった専門学校進学者だが、平成21年度から急激に増加に転じ、今年度は1万9000人(7・8%)増と大幅に数を増やし26万7000人となっている。どうしてなのだろうか。
中央カレッジグループの中島利郎理事長が答えのヒントを与えてくれた。「専門学校は、実学を身につけるところ。大学よりも、より企業に近い目線で学ぶということを考えるところです」。専門学校は、実学を2年程度で学ぶところである。実践的な資格を取得させるところも多く、大学よりも、より社会に近い立場でスキルを得られるのだ。
「即戦力となるスキルと人材を育成するのが専門学校の目的です。短い時間で効率的に身につけることができるのがメリットです」と話してくれたのは、学校法人大原学園の安部辰志理事長。大学という場所は、専門分野を4年間かけて、じっくりと学び深めてゆく場所であるが、情報化が進み、時代が目まぐるしく移り変わってゆく現代、企業が求めているのは即戦力である。
即戦力となるスキルが求められる時代
また、時代のニーズに合った学科が迅速に設置されるのも専門学校の特徴。 中央カレッジグループの中島理事長は「専門学校は、時代の職業ニーズに応じた学校づくりが重要」と話す。そこで、大卒の人たちも改めて専門学校に入学し直すケースが出てきた。
専門学校新聞の集計によると、大学・短大等卒業者の専門学校への入学者は、今年度は特に4,300人増と数を伸ばし約2万5600人(9・3%)と、専門学校全体のほぼ1割を占めるまでになった。その内訳は大学卒2万人、短大卒5000人、高等専門学校卒600人となっている。
大学全入時代を迎え、大学を卒業しただけで企業に採用されるとは限らない背景がある。社会人も同様だ。即戦力となるスキルを身につけていないと転職できないし、会社にリストラされてしまう可能性もある。高卒者以外にも入学する人が増えているために、専門学校への進学率が上がっていると考えられる。
グローバル化で外国人も就職戦線に参加
現在、少しずつであるが、日本国内における外国人の就職率が伸びてきている。昨年6月15日付けの日本経済新聞では、三菱重工やパナソニックなどが、人材採用を大きくグローバル化させることが報じられた。外国人が日本人と同じフィールドで就職戦線に参加しつつあるようだ。
また、ローソンも、平成20年度から外国人留学生の本部社員としての採用を、本格的にスタートしている。その理由は、さまざまな個性や価値観をもった人材が、それぞれの力をフルに発揮できるような組織に変えて行こうとすることで、消費者の多様なニーズに応え、海外まで見据えた事業展開を行うためである。日本人に比べ外国人留学生は勉強熱心で発言も積極的なことを理由の一つにあげている。
この場合の人事処遇や育成方針は、日本人とまったく同じ。日本人学生にとって大きな脅威となっている。
この様な状況の中、より専門性の高い、即戦力の学生を育てるのは、専門学校の役割だと各専門学校経営者は口を揃えて言う。手先が器用で几帳面な日本人。その資質と実学で養ったスキルがあれば、太刀打ちできる。グローバルな視点で日本を考えたときも、専門学校は社会の役に立てると関係者は考える。
高崎ビューティモード専門学校(栄町)。隣りには中央情報経理専門学校高崎校も併設されている
地方都市・高崎の専門学校の現状
専門学校の役割の変化は地方都市でも同じなのだろうか。高崎はどんな現状なのだろうか。実際にヒアリングしてみた。
群馬における専門学校のパイオニア
中央カレッジグループは、群馬に根付いて68年の歴史を誇る。昭和17年に現在の理事長である中島利郎氏の祖父が服飾技術を身につけるための学校として開校させた。「富岡製糸工場の中に技術を身につけるための学校ができたのが始まりです。群馬は職業意識の高い地域です」と中島理事長。以来、同校では、常に地域経済の動向を意識しながら学校経営を行っている。
専門学校だけでなく、シンクタンク(調査研究)やビジネスコンサルティングを行う群馬中央総合研究所、情報通信機器導入の販売・施工を行う日本パスコム、文書情報管理を行う中央レコードマネジメントなど、コンサルティンググループを持っているのは、世の中の流れをつかまなくては専門学校教育ができないと思っているからである。
時代の職業ニーズを的確に捉えた学科の設置
現在開校しているのは中央情報経理専門学校(前橋・高崎)、中央工科デザイン専門学校、中央医療歯科専門学校、群馬法科ビジネス専門学校、高崎ビューティモード専門学校、高崎ぺットワールド専門学校など。常に地域に新しい分野の専門学校を設け、話題性があるためか、県内(7割)のほか、長野、埼玉、新潟、栃木などからも通学している。絶対数は少ないものの、社会人や大卒者の入学も増えており、都内と同じような傾向であるという。
今年4月からは、前橋市に中央農業グリーン専門学校を開校予定。「2050年には地球上の人口は92億人になり、食糧争奪の時代がくるとも言われています。つまり、これからは食が今以上に重要になる時代。農商工連携の中で、農業が大きなウェイトを占める次代がやってくるということです。そこで、私達はこの分野の学校を作ろうと思いました」。
携帯電話が普及してきた時代には、ドコモショップ学科を、家電業界が業績を伸ばしてきた頃は、デジタル家電学科を創設するなど、今までにもユニークな分野の学科を設置してきた。「ダーウィンの適者生存説がこの業界にも通用する」と語る中島理事長ならではの発想だ。
地域貢献を常に意識している同グループ。高校生の実力をアップさせ就職率をあげようと、高校の簿記や会計及び公務員学科の授業に講師を派遣したり、県や国と協力して緊急雇用対策の職業訓練講座を設け、大学を卒業したのに就職先が見つからない人、リストラされ職がない人たちに対する救済支援も行っている。
そんな教育や地域に対する姿勢が認められ、現在の生徒数は2、100人、卒業生総数は全グループで24000人を超える。就職率は100%の年が何年も続いている。 高崎には現在専修学校、各種学校合わせ22校の専門学校が設置されている。
全国的な傾向と同様、現代社会においては、高齢化にともない社会福祉分野のスペシャリストのニーズが高まっている。全国レベルでは、服飾関係の専門学校は減少傾向にあるが、高崎や前橋にはこれらが根強く残っている。これは、前述の富岡製糸工場の存在や、後述するが、群馬の専門学校誕生が生糸生産と深い関わりを持っていたことの名残である。
近年は、特色ある分野の学科が高崎の専門学校にも増えているようだ。より、具体的に学び、すぐに仕事に就けるようにと考えているからだ。
専門学校設立にふさわしい都市・高崎
平成22年5月現在の高崎の専門学校(専修学校、各種学校の計)の数と生徒数を見ると、高崎市の学校数は22校、生徒数は2380人となっている。これに対し、前橋市の学校数は37校、生徒数は4467人。依然として前橋の学校数・生徒数が多い。これは、中央カレッジグループ中島理事長が話すように、群馬の専門学校が生糸生産と深い関わりを持つことが理由である。群馬の専門学校の始まりが生糸を生産する人材、または、生糸を使ってものを作る人材の育成を目的としているからである。
群馬県統計によると、昭和24年の群馬県内の各種学校卒業者数7127人のうち、和洋裁関係者は6182人、工業445人、自動車関係241人、商業関係40人、産婆看護婦78人、語学関係43人、その他98人。和洋裁関係者を多く卒業させたのは、群馬県に生糸産業が発展していたからだという。しかし、産業構造が変化し、生糸産業は衰退してしまった。
社会が求める人材を育成するためには、生徒が集まりやすく、育成した生徒への求人が活発で、経済が発展している都市が、専門学校の立地としてふさわしい場所となっている。
今年4月、学校法人大原学園高崎校が開校する。「資格の大原」として知名度が高く、北海道から九州まで13都道府県で48校を展開している(平成22年11月現在)。同校は、高崎という地方都市をどう捉えて進出し、今後、高崎とどのように関わっていくのだろうか。
4月開校の大原学園高崎校(下和田町)は地上10階地下1階。2校7科で定員700人
定員700名の専門学校が開校
学校法人大原学園は、現在認可申請中だが、高崎駅東口に延べ床面積7223平方メートル、地上10階、地下1階建ての校舎を16ヶ月かけて完成させた。開校するのは、大原簿記情報ビジネス医療福祉専門学校と、大原スポーツ公務員専門学校高崎校。
大原簿記情報ビジネス医療福祉専門学校は定員420人、大原スポーツ公務員専門学校高崎校は定員280人。合わせて700人の学生を募集する。高崎に設置されている学科については、現代の日本のニーズを分析し、現在各地の大原学園で多く設置されている学科だ。スポーツ学科は、ユニークであるように思われるが、フィットネスジムでのインストラクターの需要は非常に増えており、今や全国に学科が設置されている。「いずれは地域の特色を分析し高崎ならではの学科設置も考えています。」と安部理事長。
自宅から通える至便性と地域の活性化
「平成21年度の学校基本調査によると、群馬県在住の大学進学者は9248名、そのうち73%が県外の大学に進学したと発表された。進学先の土地でそのまま就職してしまい、故郷に若者がいなくなってしまうのでは、地方は疲弊してしまいます。このような状況を極力避けるために、人材を生まれ育った地域で教育し地元の企業に就職させ、地域の活性化に貢献できるようにしたいと、大原学園は考えています。都会の大学に行くよりも、地元の大原で実学を学んだほうが良かったと言われるように、大原学園の教育ノウハウをもって企業の即戦力となる人材育成に尽力するつもりです」と高崎校の竣工式で青木靖明学園長は挨拶、地域との連携を強調した。
「少子化のため、大学全入時代を迎え、明確な目的もないのに大学に入ろうとしている人も入れる時代になり、大学のブランド力が低下しています。つまり、大卒だから就職できるわけではないということ。近年、大卒者の就職率は50~60%と下がっていますし、高卒者も同様です。対策として、実学を学べる専門学校に通ってスキルを身につけることをおすすめします。そうすれば採用の可能性は格段に広がります」と安部理事長は話す。人づくりは国づくり。同学園は人材育成により、国づくりの一翼を担って行きたいと考えている。
同学園で学びたいが高崎市に住んでいる若者は、今まで同学園大宮校に通っているケースが多かった。この場合、就職は群馬に戻るのではなく、東京に行ってしまうことが多い。青木学園長が話すように、地方から若者が少なくなる。これは、消費が首都圏に流れることを意味する。
同校は、高崎に進出し、若者への教育や企業に対する即戦力の拡充、消費や納税などを通じて高崎に利益をもたらそうと考えている。進出が高崎である理由について尋ねると、「もともとまちに元気がある場所でないと、効果がすぐに表れないから」との答えが返ってきた。
高崎の都市力と専門学校の役割
中央カレッジグループ中島理事長、大原学園安部理事長ともに、学校開校を考えたとき、「高崎は魅力的な都市だ」と話している。「群馬県だけを考えたときに、拠点となる都市は新前橋であると、建築家の丹下健三氏が力説していました。新前橋駅は上越線、吾妻線、両毛線などが集まるターミナル駅だからです。私もそう思い、前橋市の古市町に学校の拠点を置くことにしました。しかし、全国的な視点で経営を考えるようになり、拠点となるのは高崎だと思うようになりました」と中島理事長。
高崎駅は、上越新幹線、長野新幹線のジャンクション的な駅。平成26年には北陸新幹線が金沢まで延伸され、北陸地域へのアクセスも容易になることに期待しているようだ。
また、安部理事長は、「交通網の充実と高崎のまちが元気であるから」と進出理由を語る。地域貢献をモットーとしている同校であるが、その成果を速やかに出すには、地域の経済基盤がある程度できあがっていなくてはならないと考える。「今年4月に高崎市は中核市になり、交通網もさらに発達し、生徒だけでなく優秀な講師を都内など遠方から招くことも容易にできます」。都市の持つ力と交通網は、学校進出にとって重要なキーワードになるようだ。
学校が進出することで若者が集まり、高崎で就職してくれれば、消費の拡大や税収も上がり、まちも元気になる。まちが元気になれば、若者がさらに集まる。学校進出がまちにとってよい効果をもたらしてくれそうだ。
全国の地方都市経済は中小企業が支えており、高崎も例外ではない。小規模の企業に必要なのは、フットワークがよく、現場に強い技術力を持った即戦力の人材。「時代の流れの速さに乗れるように専門学校で学んで欲しいと思います。中小企業はスキルがより活かせるフィールド。だからこそ、地方都市では専門学校が重要になると思います。私達が都市経済の基盤を支えていくつもりでこれからも頑張ってゆきたいですね」と中島理事長は意気込む。
「4月から駅東口に700人の若者が新たに集まることになります。このことでまちづくりを応援したい。東京への一極集中よりも、地方の主要都市の拠点性を発展させるほうが、将来が明るくなると信じています」。安部理事長のこの言葉のように、専門学校教育の充実が都市力の強化に貢献してくれることを信じている。
参考:専門学校新聞、学校基本調査、群馬県総務部学事法制課
取材協力:中央カレッジグループ、学校法人大原学園
高崎商工会議所『商工たかさき』2011年1月号(文責:菅田明則・新井重雄)