高崎新風土記「私の心の風景」
橋の風景から⑰ ―松ノ木瀬橋―
吉永哲郎
上信線入野駅(現西山名)から、吉井町小串を結ぶ最短路の鏑川に架かる橋です。農免道路として幅6.5メートル長さ150メートルの現在の橋は、1967年に出来ました。それ以前は幅3メートルほどの細長い木橋でした。右岸の小串の塩刈で藤岡市三ツ木との境になり、左岸は小暮・岩井・馬庭との境があり入り組んでいます。左岸の橋詰から吉井高校へ広がる一帯を馬庭の小字名で「松ノ木瀬橋」といいます。
この橋を取り上げたのは、野尻抱星・山口誓子共著の『星恋』(1954刊)を高校3年の時読み、その中で誓子の「冬の川金星うつすやさしさよ」という句を思い出したからです。冬の金星は、夕方、日の入り後の西の低空に、ひときわ明るく輝く星で、今年は近くに火星が寄り添うように見えます。「一番星見つけた」とよく口にした「宵の明星」です。ローマ神話ではヴィーナスと呼ばれる美と愛の女神、日本では「夕星」と清少納言が『枕草子』に記しています。
私は以前から、この「やさしい冬の川」を松ノ木瀬橋から眺める鏑川と重ね、時に訪れました。夕明かりの空、静かにきらめく金星。このきらめきをやさしくうつす川。人通りの少ない橋の欄干に手を置き、胸の奥深くにしまわれた青春多感な自分を、呼びさまさせていたのです。「星恋」というロマンに憧れた若き心、忘れたくありません。
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