高崎新風土記「私の心の風景」
お彼岸の墓参りと少女
吉永哲郎
お盆とかお彼岸でないと、墓地へ足を運ぶことはめったにありませんが、上野の谷中や多摩墓地に、作家や詩人の墓を訪ねたことはありませんか。また、萩や米沢などの観光地巡りのコースの中に、その地ゆかりの人の墓がよく入っているものです。
今夏はとても暑い日が続きましたが、19年前の1988(昭和63)年の夏を思い出しました。ヨーロッパ各地は猛暑に襲われ、その8月に、スイスのラロンという小さな村の「山の上の教会」を訪ねました。詩人リルケのお墓参りが目的でした。教会の西側にひっそりと、深紅のバラの花に囲われ「薔薇よ。おお純粋なる矛盾よ。」と刻された墓がありました。見上げる空は青く、高い鋭角的なアルプスの山が眼前にせまっていました。
さて、「美味しいもの口にできるお店を教えてよ」と案内を請われることはありますが、ゆかりの人の墓を訪れる人の姿を、高崎ではあまり見かけません。お彼岸の墓参りを機会に、墓地を歩いて見てはいかがですか。特に、広い八幡霊園には、市内の寺の墓地が移されていますので、意外な人のお墓を発見することがあります。天明年間の代表的な女流俳人羽鳥一紅やフランス文学者橋本一明などの墓です。
先日、橋本の墓前に、島根からやってきたという一人の少女が手を合わせていました。色あせた文庫本の原口統三の『二十歳のエチュード』を抱えていました。少女の墓参りの意味を、あなたはお分かりになれますか。
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