第31回高崎映画祭受賞者を発表
(2017年01月6日)
第31回高崎映画祭の各賞受賞者が6日に発表された。
最優秀作品賞は『淵に立つ』(深田晃司監督)。最優秀監督賞は『聖(さとし)の青春』の森 義隆監督と『湯を沸かすほどの熱い愛』の中野量太監督。最優秀主演女優賞に筒井真理子さん、宮沢りえさん。最優秀主演男優賞は三浦友和さん。
第31回高崎映画祭は、平成29年3月25日(土)〜4月9日(日)の16日間、高崎市文化会館、高崎シティギャラリー、高崎電気館、シネマテークたかさきを会場に行われる。授賞式は3月26日(日)群馬音楽センターで午後4時から。連携事業として、4月1日(土)に「倍賞千恵子コンサートwith小六禮次郎」高崎市文化会館で開催する。
映画祭上映作品やチケットの販売方法は、2月上旬に発表予定。
●最優秀作品賞
◇淵に立つ/深田晃司監督
【受賞理由】
主題は「家族の形」である。
映画の主題としては大衆的であり一般的であるが、深田監督の描くそれは、独自の見解と表現が屹立としている。配偶者、血縁者、同じ家に住む者という定義では語りきれない「家族だからこそ持ち得る不条理」を抽出している。あるひと組の家族に異物を混入させることで、これまで澄んで見えていた家族という泉があっという間に濁っていく様を描いていく。しかし、泉はどんな形をしていても泉なのである。深田監督は、家族を形成する個人の存在を浮かび上がらせ、「家族の形」を俯瞰していく。
確固たる世界観、綿密に練り上げられた構成、メリハリの効いた演出力が高く評価された。
●最優秀監督賞
◇聖の青春/森義隆監督
【受賞理由】
実在の天才棋士・村山聖の生涯、そして人となりに迫りながら、映画は大きな昇華を見せる。29年で駆け抜けた人生、将棋と勝負にその全霊をかけたエネルギー、周囲を巻き込む人間力が、卓抜したストーリーテリングの中に展開され、生きる意味を問いかけていく。
「村山が生きる意味」は「私たちが生きる意味」に繋がる。早逝の棋士の生き様を通して描かれるのは、普遍的な尊い生の輝きと歓びにある。
卓抜した演出力がなければまとめ上げられない、硬質で豊かな作品であった。
◇湯を沸かすほどの熱い愛/中野量太監督
【受賞理由】
戦後日本の高度経済成長期には、市井の人々の生活を描いた優れた娯楽映画がたくさんあった。そうしたかつての「昭和の風」が、本作には吹いている。本作は、昭和から平成へと時代が変わる中で思春期を迎えた世代が親となる、平成の時代性を背負った家族の物語だ。
意志を持って母となり家族を守らんとする主人公を軸に、それぞれの登場人物の人生も丹念に追っている。群像劇としての厚みも忘れず、時代の空気感、その中で育ち生きる人の手触りを捉え、観客を物語に引き込んでいく手腕に優れていた。悲喜こもごもの人生を愛と笑いで包み込んだ意欲作に、賞賛の声が集まった。
●ホリゾント賞
◇この世界の片隅に/片渕須直監督・のん
【受賞理由】
戦時中、広島から呉へと嫁いだ娘・すずの一代記が、やわらかな風合いのアニメーションで描かれている。戦争の惨さ、罪深さは語るまでもないが、そうした歴史を背景に描きこまれる本作の本質は、人々の暮らし、人々の生そのものにある。
あどけない少女だったすずは見も知らぬ相手へ嫁ぎ、生活を積み上げていく。モノのない時代、生と死が常に隣り合わせの中で、家族と共に生き、知恵を絞り生活力を蓄えてきた先人たちの姿を、映画の中で実感を持って感じることができる。
細やかに描写された背景や風景、そして人物像に「丁寧な生き方」「丁寧な暮らし」の真髄が見えてくる。そうして人は過酷な時代を生きぬき、現在(いま)を作り出してきたのだろう。
ゆったりと朗らかに発話するのんさん演じるすずに、私たちはその世界に心地よく誘われ、また諭された。
時代を伝えること、世界を広げること、を可能にする懐の深い映画であった。
企画・構成・演出・手法 あらゆる面で、この先の日本映画に一筋の光を照らした作品となった。
●新進監督グランプリ
◇ケンとカズ/小路紘史監督
© 「ケンとカズ」製作委員会
【受賞理由】
現代社会の歪みから産み落とされてしまった男たちの刹那を描く。豊かで明るい社会などどこに存在するのだと言わんばかりの退廃感が画面に立ち込め、その切迫した世界観はどんな場面でも貫かれる。現代日本を背景にした次世代フィルム・ノワールは、類稀なる完成度を見せた。
現代社会を読み解く鋭敏な感性と、鋭い洞察力が光る秀作である。
●最優秀主演女優賞
◇筒井真理子/淵に立つ
【受賞理由】
慎ましい暮らしとともに積み重ねられた家族の幸福が、ある日突然崩壊してしまう。筒井が演じた章江は、それが不可抗力ではなく、原因の一端が自分にあるとはっきり認識している人物である。家庭を切り盛りする美しく聡明な母親の姿は、ある日を境に絶望と贖罪に沈む失意の姿へと変貌する。
繊細すぎる感情の変容は、説明の効かない体現を求められる。まさしく全身全霊で役を全うした存在感に脱帽であった。
◇宮沢(みやざわ)りえ/湯を沸かすほどの熱い愛
© 2016「湯を沸かすほどの熱い愛」製作委員会
【受賞理由】
愛を求め、愛を育て、愛で全てを包み込む「おかあちゃん」双葉を演じる。人と向き合うこと、衝突を恐れないこと、の根底にゆるぎなく流れる愛が双葉を形成する力であり、それを見事に演じあげていた。また、双葉の人物像を形成する時の流れさえもが体からにじみ出る。説得力のある人物像に観客の心は鷲掴みにされる。温かくチャーミングで人間力溢れる魅力的な「平成のおかあちゃん」は唯一無二の存在となった。【高崎映画祭受賞歴】第3回ベストアイドル賞『ぼくらの七日間戦争』。
●最優秀主演男優賞
◇三浦友和/葛城事件
© 2016「葛城事件」製作委員会
【受賞理由】
理想の家族を追い求めた結果、家族を抑圧し、そして崩壊へと導いてしまった男(または、父親)・葛城清を演じる。追い求めれば求めるほどに乖離していく理想と現実、そして妻・息子たちとの縮められない距離。自己を変えられない己の呪縛と葛藤する鬼気迫るその相貌に、清の深い闇と悲しみを感じ取る。
憎しみの対象となりうる人物像に、観客はその心中を探り、人事でない感触を与えられてしまう。実体のある人物表現に賞賛の声が集まった。【高崎映画祭受賞歴】第3回主演男優賞 『日本殉情伝 おかしなふたり ものくるほしきひとびとの群』、第22回最優秀助演男優賞『松ヶ根乱射事件』。
●最優秀助演女優賞
◇りりィ/リップヴァンウィンクルの花嫁
【受賞理由】
我が子を顧みなかった母親を演じる。出番としては、Coccoが演じるAV女優・真白(ましろ)の亡骸を受け取るという終盤のシーンのみであるが、その存在感は圧倒的であった。自らの死期を意識し、頑なに仕事に没頭し、孤独に怯え、愛に飢えた真白の人となりが、りりィ演じる母親の出現で説得力を増す。その上で、間違いがあったとて、産み育て、娘を想う「母親」の愛が、画面を占拠することで物語は収斂を迎えるのだ。その慟哭と人間味あふれる人物像に誰もが胸を打たれた。
日本映画界にとって無くてはならない名女優であった。謹んで哀悼と敬意を表する。
●最優秀助演男優賞
◇斎藤工/団地
© 2016「団地」製作委員会
【受賞理由】
団地には様々な人生模様が凝縮されている。多様な世界観と群像劇を悲喜こもごも織り交ぜて小気味良いテンポで描き出した本作において、それらの概念を体現化したキャラクターが斎藤演じる真(しん)城(じょう)である。人間を超越した存在である真城を、優美に説得力を持って、かつコミカルに演じられる役者はそうはいなかろう。
表現者としての天性と柔軟な感性に裏打ちされた確かな役作りが高く評価された。
●最優秀新進女優賞
◇杉咲花/湯を沸かすほどの熱い愛
© 2016「湯を沸かすほどの熱い愛」製作委員会
【受賞理由】
同級生からのイジメ、母親の病気、自分の出生の秘密、といくつもの人生の荒波に放り出されてしまう女子高生・安澄を演じる。思春期の葛藤と向き合うだけでは演じきれない振り幅の広い役である。一つ一つ自分の手で解決し歩みを進める安澄には、愛されることで培われていく強さ、守られる側から守る側になる時の強さが見て取れる。
その豊かな表現力に観客は惹かれ、瑞々しい存在感に多くの共感が寄せられた。
●最優秀新進男優賞
◇カトウシンスケ/ケンとカズ
© 「ケンとカズ」製作委員会
【受賞理由】
どうにもならない世界に地団駄を踏み、ここではないどこかへ行きたいと願う男・ケンを演じる。無鉄砲に見えるカズのストッパー役ともなるケンだが、行き場のない感情を静かに燃えたぎらせながら、自らを律する精神性を併せ持つ奥深い人物像を、見事に演じあげた。ポテンシャルの高さを感じさせられた。
◇毎熊克哉/ケンとカズ
© 「ケンとカズ」製作委員会
【受賞理由】
毎熊演じるカズの視線は常に鋭く強い。視線はカズの怒りの表れであり、それは社会に対し、家族に対し、自分に対し向けられているのだろう。暴走する若者・カズの虚無感は、現代社会が抱える閉塞感に通じるかのようである。時代を描写した人物表現に役者としてのエネルギーの本質が見えた。
●最優秀新人女優賞
◇伊東蒼/湯を沸かすほどの熱い愛
© 2016「湯を沸かすほどの熱い愛」製作委員会
【受賞理由】
生みの母親がある日いなくなってしまい、再会したばかりの父親に引き取られた鮎子を演じる。子役ながらその情感の豊かさに舌を巻く。
新しい家族の愛に触れ、心を開いていく鮎子の純真な真心が、物語の大きなテーマを底支えしており、重要な役どころを掴んだ名演であった。
●最優秀新人男優賞
◇吉澤太陽/海よりもまだ深く
© 2016フジテレビジョン バンダイビジュアル AOI Pro.ギャガ
【受賞理由】
両親が離婚し、今は母親と暮らしている中学生の真吾を演じる。久しぶりに揃う元家族の中で、真吾だけが立ち位置が変わらない。息子であり、孫である真吾の、率直さが物語に安寧をもたらしている。自分の世界をゆっくりと確立していく思春期の少年を伸びやかに演じあげた。
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