万葉花木散歩
3・さくら
吉永哲郎
万葉人の春の花は梅の花が主役でした。
梅は中国渡来の異国情緒の花として、万葉人は詠みました。春の花として万葉集に19首の歌が載っています。現代では春の花は、染井吉野を主流と した桜ですが、万葉人の桜は、一重の花びらと新葉の萌える風情を併せ持った山桜と考えられます。佐久良・佐久良波奈・作楽花と万葉には表記され、また桜・桜花の漢字表記も多く、凡そ40数首万葉に載っています。山桜は日 本原産の花で、国土・天皇賛歌や民俗的行事にかかわり、梅の花が漢詩的持情を表しているのと趣を異にしています。
日本書紀に充楽(いんぎょう)天皇が衣通郎姫(そとおしのいらつめ)を思って詠んだ歌謡があります。
花ぐはし桜の愛で こと愛でば早くは愛でず 我が愛づる子ら
(こまやかに咲き誇っている桜の花よ。同じことなら、なんでもっと早くからほめたたえなかったのだろうか。それを怠った私。愛する女(ひと)よ。)
衣通郎姫は「その艶(うるわ)しき色、衣(そ)より織(とお)りて晃(て)れり」
(その魅力ある色香は、着ている衣を通して外まで輝くばかりである)といわれる美人です。万葉人が憧れた山桜の北限は、俗にいう観音山丘陵地帯といわれます。染料植物園一帯の山によく見かけます。万葉美人との出会いを求めて、植物園 にいらっしゃいませんか。
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