古典花木散歩

6・麦秋その一

吉永哲郎

 梅雨を前にした6月の北関東の田園風景は特別です。麦が黄熱したこげ茶色の波打つ麦畑。俳句の季語では「麦の秋<麦秋>」といい、夏の季語です。江戸時代の俳人其諺<きげん>の『滑稽雑談』に、「秋は百穀熟成の期、これ時において夏といへども、麦においてはすなはち秋、ゆゑに麦秋といふことあり」と述べています。5月末から6月にかけて、関越自動車道の玉村宿あたりに広がる田園風景は、麦秋一色です。
 ムギは大陸から日本へ渡来し広く栽培されていました。文献で最も古い記述は、『古事記』のオオゲツヒメの神話で、イネ・アワ・アズキ・ダイズなどの起源が述べられている箇所です。
 万葉集4500余首の中で、麦を詠んだ歌は3首ほどで、近畿圏の歌を集めた巻12に、
 馬柵<うませ>越しに麦はむ駒の罵<の>らゆれどなほし恋しく思ひかねつも
  (柵越しに麦を食う駒のように、叱られてもやはりお前が恋しくて、辛抱できないよ)
 東国の歌を集めた巻14に、
 くへ越しに麦食<は>む子馬のはつはつに相見し児らしあやにかなしも
  (柵越しに麦を食べている子馬のように、ほんのちょっと見たあの娘<こ>が、むしょうに恋しく思われるよ)
と、この歌に添えられた「馬柵越しに麦食む駒のはつはつに新肌<にひはだ>触れし児ろしかなしも」が載っています。万葉人は、ムギに愛しい子を慕う恋の季節を重ねています。

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