108.高崎新風土記「私の心の風景」
春寒し
吉永哲郎
江戸時代の太祇<たいぎ>に「はる寒く葱の折ふす畠哉」という句があります。葱畠を目にする機会の多い上州人には、この情景がすぐ目に浮かぶと思います。春は寒い日があったりして、実感として暖かいと感じる日がなかなかありません。それでも郊外を歩くと、野道脇や田圃に小さな花を咲かせる野草を目にします。
春もっとも早い時期に咲く花のひとつに「オオイヌフグリ」があります。私はこのごろこの花のブルシャンブルーの小さな花を敷き詰めた畑をよく見かけるようになりました。レンゲの花とは異なる清々しい感じのするブルー一色の畑です。
「イヌフグリ」とは可憐な花にふさわしくないと感じますが、種子の収まる袋を「フグリ(陰嚢)」に見立てて名がついたといわれています。急に繁殖するようになったと感じるのは、帰化植物のセイタカアワダチソウと同様に、在来種よりも生命力の強い帰化植物だからかもしれません。この花の属名は「ヴェロニカ」といい、ゴルゴダの丘に向かうキリストの汗を拭った聖女の名に由来しています。
この花の魅力は天候によってコバルトブルーに、色濃い藍色にと変わることです。この色彩を基調にした作品を描いたのが、大正画壇を代表する「幻視の画家」関根正二です。二十歳で亡くなった福島白河の人。この花を見る度に薄幸の画家を偲びます。