志尾 睦子の映画づくし 8

アフター・ヤン

志尾 睦子

2021年 アメリカ 1時間36分
監督・脚本・編集:コゴナダ 
出演:コリン・ファレル/ジョディ・ターナー=スミス

人間とは何か。秋の夜長思慮に耽る

 ひんやりとした風が肌を包むようになり、街中では光のページェントも始まりました。夜の空気の中だからこそ生まれる光の美しさと楽しさに、目を留めています。眩しさを伴う煌びやかさでないのがとても心地よく、心情に寄り添うような優しい光の数々に癒しを感じています。ふと、そんな映画があったなあと思い出したのが本作です。近未来を舞台にした家族の物語なのですが、色味と音楽が秋の夜長のあわい時間にすっぽりとはまる感じがあります。

 茶葉の販売店を営むジェイクと妻・カイラ、中国人の養女・ミカと暮らすヤンは、人型のロボット。ベビーシッターとしてこの家に来て久しく、ミカとヤンは兄妹そのものです。彼らは、4人家族のダンスバトルにも挑戦するような仲の良い幸せな日々を過ごしていました。ある日、ヤンが突然動かなくなってしまいます。ヤンは高度なAI知能を体に埋め込んだロボットで、放置してしまうと人間と同じように腐敗します。ジェイクはヤンの修理に出かけますが、正規ルートで手に入れていないこともあり、販売店で提案されたのは腐敗前に下取りに出して新しいものを手に入れるか、コア以外のヤンの要素を残してリサイクルすることでした。

 兄の故障にすっかり塞ぎ込んでしまうミカ、そんな娘を案じるジェイクは家族同然のヤンを修理する以外に選択肢がないと思うのですが、冷静なカイラはこのままヤンを手離そうとします。諦めきれないジェイクは修理できるツテを探すうちに、破損部分にスパイウェアが入っていることを知ります。ヤンは一日に数秒だけ、動画を撮影することができたというのです。信じてきたヤンは家族のなにを記録していたのか。しかしそれは簡単に見ることのできるものでもない。その部分を研究してきた専門機関にヤンを提供することを条件に、ジェイクはその映像を紐解く決意をします。

 肉体はそこにあるのに、もう話すことができない。彼が体内に残した記憶の映像を観ることでジェイクは家族としての時間、ヤンの眼差し、そして彼の秘密を知っていきます。

 AI人型ロボットもクローンも、あたり前に共存する社会で、人間とは一体何なのかと考えさせられました。
 監督は小津安二郎監督を敬愛することで知られる韓国系アメリカ人。その世界観と美術の中に坂本龍一さんの音楽が寄り添います。日本人アーティストの楽曲が物語の鍵を握っている所も見どころの一つです。思慮深くなりながらも癒される一作です。

志尾 睦子(しお むつこ)
群馬県立女子大学在学中にボランティアスタッフとして高崎映画祭の活動に参加。群馬県内初のミニシアター「シネマテークたかさき」の総支配人を務めると同時に、日本を代表する映画祭である高崎映画祭総合プロデューサーとして活躍。

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