志尾睦子の映画づくし 3

横道世之介

志尾 睦子

2013年 160分
監督:沖田修一  
出演:高良健吾/吉高由里子/池松壮亮/他

サンバと太陽

 長雨の季節が近づいてきました。ニュースでは連日「線状降水帯」の文字が踊り、大雨の注意を呼びかけています。個人的には雨が嫌いなわけではありませんが、梅雨入りすると思うと不思議と気合が入るというか、天候の鬱陶しさに負けまい、とする強い意識が働きます。梅雨が湿気と共に連れてくる染みついたイメージを跳ね返したくなってくるわけです。何をするかといえば、綺麗に咲き始めたご近所さんの紫陽花を散歩ついでに愛でにいくとか、お気に入りの傘を持ち歩くとか、雨が印象的な美しい映画や、反対に晴れやかな気分になる映画を観るとかです。そうこうしているうちに灼熱の夏がやってくるわけですが、この手前の時間をいかに楽しめるかで、今年一年の命運が変わるような気すらしてきます。

 今年の梅雨入り対策第一弾として見返したのが、『横道世之介』。吉田修一さんの同名小説を映画化した2013年公開の映画ですが、メインビジュアルがパッと思い出されたためです。主人公の横道世之介を演じる高良健吾さんが、太陽の被り物をしてニカッと笑っている姿です。当時は、それまで精悍な青年のイメージを持っていた俳優の被り物姿に呆気に取られたわけですが、パワーチャージ出来る絵面なのは間違いありません。

 物語の始まりは80年代後半で、大学進学のために長崎から上京してきた横道世之介を主軸に、そこからの20年ほどを描いています。太陽の被り物、というのは、世之介が参加したサンバサークルでの一場面なのですが、強烈な印象を残すとともに、サンバと太陽が、あらゆるものの影を取り払い、爽快に笑い飛ばしてくれそうな気がするというわけです。

 改めて観て本当に名作だなあと唸りました。1人の青年の青春を描きながら周囲の人たちの人間模様や、時代の空気感を余すところなく浮かび上がらせるのですが、とにかくこの世之介という人物に特別感が全くなく、彼は彼の道をただ、素直に歩いていく人として描かれます。入学式で初めて出来た友達、憧れの年上の女性、自動車教習所の仲間、自分を慕ってくれるお嬢様、人生のとある時間に出会った人たちは、世之介の人生におけるすれ違いの一点にすぎませんが、かけがえのないものでもある。それは無論、相手の人生にとっても世之助は人生の一点であるとともに、確実にその人生を刻むことになるわけです。それが、すごくよくわかる映画です。今を大事にすることの真髄に触れ、気持ちが晴れやかになること請け合いです。

志尾 睦子(しお むつこ)
群馬県立女子大学在学中にボランティアスタッフとして高崎映画祭の活動に参加。群馬県内初のミニシアター「シネマテークたかさき」の総支配人を務めると同時に、日本を代表する映画祭である高崎映画祭総合プロデューサーとして活躍。

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