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名付けようのない踊り

志尾 睦子

2021年 114分 
脚本・監督:犬童一心
出演:田中泯

 暑い夏が今年もやってきます。若い頃から日焼けケアには無頓着で、焼けたら焼けたでいいやと思ってきましたが、歳をとるごとにそうも言っていられないと気を配るようになりました。過度な日差しは厳禁ですが、とはいえ、やはり太陽の陽に当たらない体は生気そのものも奪っていく気もします。ケアをしっかりしながら、適度に陽を浴びるのが、体内エネルギーを上手に貯めるコツのようですが、それを燃やす筋肉もまた付けないとならないのだと、この年にしてようやくわかってきた気がします。暑い夏だからと涼を求めて室内に篭りきりにならず、適度に外に出て体を動かし肉体を強くし、精神も強化したいものです。気負ってやるというよりは、ただ自分の体の声に耳を傾けていくと、自然とその流れに入れそうです。

 今回は「自分の体の声に耳を傾ける」という行為をカメラに収めていった珠玉の映画をご紹介したいと思います。被写体となるのは、舞踊家の田中泯さんです。映画やドラマでもご活躍の名優でいらっしゃいますが、俳優デビューは57歳の時。当時すでに世界で活躍する著名なダンサーだった田中泯さんですが、2002年山田洋次監督作品『たそがれ清兵衛』での敵役で日本映画界に衝撃を与え、その後のご活躍は誰もが知るところとなりました。俳優業も精力的ですが、ご自身は自分の体にただ耳を傾けながら、生きる=踊る人生を送っていらっしゃるわけです。そんな田中泯さんにカメラを向けたのは、『メゾン・ド・ヒミコ』(05)への出演オファーからご縁を繋いできた犬童一心監督です。2017年にポルトガルへのダンス旅に同行してから約2年に渡り、世界各地で踊る舞踊家・田中泯のまさしく〈生態〉にカメラを向けていきます。踊る体を作るために畑を始めた田中泯の真意と真髄。幼少期から内面にいる〈こども〉のこと。生命とは、肉体とは、歳を重ねるということは、どういうことなのか。そして、田中泯にとって田中泯とは何なのか。

 素材として切り取られた映像が、山村浩二さんのアニメーションとの融合で犬童監督の手によって映画という作品になっていきます。余計なものの一切ない、被写体の力だけで構成されたドキュメンタリーは見応え抜群です。田中泯さんの細胞から湧き出るエネルギーが、見ている私たちの細部まで浸潤してくるような錯覚に陥りました。
 自分の内なる精神と肉体の力に、細胞レベルで気づくというような、そんな不思議な映画体験でもありました。

志尾 睦子(しお むつこ)
群馬県立女子大学在学中にボランティアスタッフとして高崎映画祭の活動に参加。群馬県内初のミニシアター「シネマテークたかさき」の総支配人を務めると同時に、日本を代表する映画祭である高崎映画祭総合プロデューサーとして活躍。

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