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マルタのやさしい刺繍

志尾 睦子

2006年 スイス 86分
監督・原案:ベティナ・オベルリ
出演:シュテファニー・グラーザー
   ハイジ・マリア・グレスナー

心を喜ばせる方法に気づく

 先日の夜、仕事を終えて映画館を出ると小雨が降っていました。昼間はとても風が強くよく晴れていたので、雨が降ったことに全く気づいていませんでした。建物を出た瞬間、雨がつれてくる匂いに春を感じました。そういえばこの時期の雨はとってもいいなあと、きっと毎年感じていることを思い、そしてこんな感覚を私はあと何度持てるのだろうかと思いました。忙しさの中、飛ぶように過ぎていく時間をふと振り返る時、虚しさではなく充実を感じる人生でありたい。そして、どなたにとってもそうであって欲しいなと思います。

 さて今回は、自分の人生を虚しさから充実へと華麗に変化させたおばあちゃんたちの素敵な物語をご紹介します。

 舞台はスイスの小さな村です。80歳を過ぎたマルタは、夫を亡くしてからというもの元気がなく、意気消沈しています。そんなマルタを家族や近所の人たちも心配し、何かと声をかけるのですが、マルタは高齢の自分を思い、ただ静かに時が過ぎるのを待つかのように暮らしていました。そんなある日、村の合唱祭で使う大事な旗がねずみにかじられていることが発覚し、大騒動になります。村の財源では新しく買う余裕もない。そこで裁縫の得意だったマルタに、修理の依頼が舞い込みます。村のためならと、マルタと友人たちは、ひさしぶりに町まで生地を買いに出かけました。美しい布やレースを手に取り次第に生気が蘇ってくるマルタ。若い頃、下着を縫う仕事をしていたマルタは、最近のランジェリーショップが気になり中に入ってみるのですが、手に取った下着の縫製の悪さに驚くと同時に、自分の中で何かが弾けるのがわかりました。

 「ランジェリーショップを作りたい。」おばあちゃんのそんな発言を、閉鎖的な村の人たちや家族は一蹴します。心無い言葉も飛び交い、マルタは深く傷つきもしますが、諦めないと心に決めます。自分の背中を押してくれる友人のためにも、そして何よりも、自分の中で湧き上がる情熱のためにただひたすら夢を追いかけます。

 マルタはもちろんのこと、周囲のおばあちゃん仲間のチャーミングさにまずやられ、どんどん応援したくなります。また、彼女たちの人となりを現す素晴らしい衣装や美術に、おとぎ話に舞い込んだような気分になりますが、誰かの話ではなく自分ごととして胸の奥に伝わってくる感覚がありました。人生を輝かせるのは人ではなく自分。心を喜ばす方法を、マルタとその仲間たちに教えてもらえます。

志尾 睦子(しお むつこ)
群馬県立女子大学在学中にボランティアスタッフとして高崎映画祭の活動に参加。群馬県内初のミニシアター「シネマテークたかさき」の総支配人を務めると同時に、日本を代表する映画祭である高崎映画祭総合プロデューサーとして活躍。

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