ビジネスパーソンにお薦めするこの1本 No.51

タクシー運転手 約束は海を越えて

志尾 睦子

2017年 韓国 2時間17分
監督:チャン・フン  
出演:ソン・ガンホ/トーマス・クレッチマン


その出会いが
世界を変えるかもしれない

 先日、人をお迎えに駅のロータリーに車を停めていた時のこと。数台のタクシー運転手さんが綺麗に車を磨いているのが目に入りました。そう言えばもうかれこれ一年以上もタクシーに乗っていないなと気がつきました。私がタクシーに乗るのは、旅に出たときや出張の折にお世話になるものですから、昨年から引き続く生活の変化でさらにそれがなくなっていたのだと改めて実感しました。すると、駅の階段を一目散に降りてきてタクシーに駆け寄った方がいました。慌てている風の乗客と、動じずゆっくりと荷物をトランクに詰めて車を出した運転手さんを眺めながら、二人が無事に目的地に着きますようにと、願っている自分がいました。私の頭には、一本の映画が浮かんでいたからです。

 今回ご紹介するのは、実在の人物をモデルにした、タクシー運転手とジャーナリストの一期一会の物語です。

 韓国現代史上最大の悲劇と言われた光州事件が起きたのは、1980年5月。民主化を求める光州市民とそれを弾圧する政府との攻防戦が激しさを増す一方で、当時の韓国は政府によるメディア統制が非常に厳しく、その実態が正確に伝わることはなかったと言います。そんな中、東京支局に勤務するドイツ人ジャーナリスト・ピーターは、自ら現地に行って報道することが使命であると感じ、ソウルへ飛び立ちます。そこで彼が出会うのが、タクシー運転手のマンソプです。ソウルから光州への道があと数時間で閉ざされてしまう状況の中、当てにしていた運転手にその危険を理由に断られたピーターは、突如現れたマンソプに好条件を提示します。妻に先立たれ小さな娘と二人暮らしのつましい生活をしているマンソプは、日銭を稼ぎ早く家に帰ることを一番と考えている男。とにかく時間内に光州に着けば大金をいただける。そのためだけにマンソプは必死で光州へ車を走らせます。どうにか現地に到着したマンソプは約束のお金をもらって一刻も早く娘の元へ帰ろうとします。しかし、偶然出会った善良な市民たちの必死な闘いを目の当たりにし気持ちが揺らぎます。そして、使命感に駆られ報道に猛進するピーターを置いて帰ることもできなくなるのです。果たしてマンソプは無事に最愛の娘の元に帰れるのでしょうか。

 ほんの一瞬、すれ違って終わるはずの出会いが、自分の人生だけでなく、世界を変えることになる。勇気や野心を越えた、心の結びつきこそが生み出すドラマに心を掴まれていました。

志尾 睦子(しお むつこ)
群馬県立女子大学在学中にボランティアスタッフとして高崎映画祭の活動に参加。群馬県内初のミニシアター「シネマテークたかさき」の総支配人を務めると同時に、日本を代表する映画祭である高崎映画祭総合プロデューサーとして活躍。

高崎の都市力 最新記事

  • 株式会社環境浄化研究所
  • シネマテークたかさき
  • ラジオ高崎
  • 高崎市
  • 広告掲載募集中