ビジネスパーソンにお薦めするこの1本 No.10

かもめ食堂

志尾 睦子

2006年
監督:荻上直子
出演:小林聡美/片桐はいり/もたいまさこ
  
日々の積み重ねが物事を変えていく

 新しい年になりました。一年の計は元旦にあり。目標を高く掲げ、良き一年にしたいと気合が入ります。加えて、年度毎の業務については今が正念場でもあり、新年の決意とともに一層力が入ると言うものです。
 力が入るときこそ、緩める時間が同じだけ必要です。瞬発力で物事を達成するのも時には大切ですが、日々の積み重ねがいつの間にか大きな目標を成し遂げていた、というのが理想的かもしれません。今日はそんな観点からおすすめの一本です。
 本作の舞台はフィンランドです。冒頭画面に映し出されるのは丸々太った大きなカモメたち。そんなかもめを見ていると、昔飼っていた猫を思い出すと話すサチエが本作の主人公です。彼女はこの地で小さな食堂を開いたばかり。日本食を出す「かもめ食堂」の看板メニューはおにぎりです。しかし、フィンランドの人たちに、おにぎりはなかなか受け入れてもらえません。ひと月経っても、お店は閑古鳥が鳴いています。小柄な日本人女性が一人で営む食堂を、住民たちは好奇の目で見るばかり。そんな時、サチエは町の本屋で一人旅をする女性・ミドリに出会います。縁を感じたサチエは彼女を自宅へもてなし、やがて一緒に店に立つようになりました。ある日、サチエはミドリからのアドバイスもあり、メニューになかったシナモンロールを焼いてみることにしました。すると匂いに誘われてお客様が少しずつ入ってくるようになります。
 サチエにはおにぎりに格別な思い入れがありました。それは、ソウルフードとして頑なに固執するのとは違い、大切な思い出ごと皆へ伝えたいからなのだとわかります。そうした確固とした意思があるサチエは、だからこそゆるやかに新しいことや、人や、物事を受け入れていきます。サチエの周りには自然と人が集まり、いつしかマサコという仲間も増え、かもめ食堂は人々で賑わう店へと成長していきます。
 異国の地で生活していくことは大変だと思いがちですが、サチエもミドリもマサコも、その気負いがありません。共通語がなくても、同じ空間を過ごす現地の人たちと彼女たちは、自然と心を通わせていきます。日々を丹念に生活していくことは、とても小さな変化の積み重ねなのだと彼女たちは教えてくれます。
 かもめ食堂はとてもシンプルな空間なのですが、そこに描きこまれる世界は、とても濃密で豊かでした。心に栄養を与えてくれるサプリメントのような映画です。ゆったり気分を取り戻したい時にこそ、是非ご鑑賞ください。(2018年1月:商工たかさき)

志尾 睦子(しお むつこ)
群馬県立女子大学在学中にボランティアスタッフとして高崎映画祭の活動に参加。群馬県内初のミニシアター「シネマテークたかさき」の総支配人を務めると同時に、日本を代表する映画祭である高崎映画祭総合プロデューサーとして活躍。

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