高崎のおもてなし 9

ガラス職人・木村明さんの一期一会のおもてなし

志尾 睦子

 本格的な冬の到来、暖かい室内で飲むつめたい飲み物の美味しさは格別ですが、手に触れるグラスのつめたさにひやっとしてしまうのは否めません。そんなとき、手になじむ温もりのあるガラスタンブラーが活躍してくれます。ガラスというと涼やかでつめたいイメージがありますが、このタンブラーは厚みがあってどこか柔らかい印象。そのポテッとしたフォルムと程よい重みが、肌になじみます。作り手のこだわりと温かさが一瞬にして伝わる、そんな素敵なタンブラーを作っているのは、ガラス工房NORTH WINDを営む木村明さん。
 木村さんは、高崎映画祭の受賞者が手にするトロフィーを製作しています。天使をモチーフにしたガラスのトロフィーは、高崎映画祭の象徴です。授与する側の想いと製作者の心が伝わるトロフィーとして、映画関係者の間で広く知れ渡っています。
 ある年の授賞式で、受賞者がトロフィーを手に「重いですね」と言った事がありました。私は、賞の重みを例えた言葉と受け止めていたのですが、木村さんは違いました。「重いとおっしゃっていたから、今年はだいぶグラム数を減らしてきましたよ」と納品に見えたのです。少しでも持ちやすいようにと男性女性で軸の太さを微妙に調整したり、重量を最大限軽減しようと試行錯誤されていたことを、私はそのとき初めて知りました。過去に授賞した人には同じ台座の色が当たらないように考慮したり、天使の羽の広がりも一点一点納得がいく物が出来るまでは妥協しない、だから受注されてからの数ヶ月は休みなくひたすらこの製作に時間を費やしておられるということも。些細な言葉を逃さず、己の仕事を振り返り、実行に移す。頭が下がりました。
 また、私が忙しさにかまけてしまい、発注が遅れたことがありました。その時も嫌な顏一つせずに受けてくださいましたが、今回の遅れを詫び来年もお願いしますとお伝えすると「それはダメです」と一蹴。「時期が来て、また頼もうと思われたら言ってください。仕事を頂いて、その時に窯に火をいれます。私は職人ですから」と言われて身震いがしました。
 経験の積み重ねはすべて一期一会の精神から。謙虚な姿勢にこそ宿る職人魂は、製作物に必ず現れるのでしょう。受け取る人の事を想ってモノを作る。小さなこだわりが手から手へ伝わったとき、極上のおもてなしが見えて来ます。それがガラス職人木村明さんのなせる、おもてなしです。

●NORTH WIND
所在地:高崎市飯塚町248-3
電 話:027-361-6342

志尾 睦子(しお むつこ)
群馬県立女子大学在学中にボランティアスタッフとして高崎映画祭の活動に参加。群馬県内初のミニシアター「シネマテークたかさき」の総支配人を務めると同時に、日本を代表する映画祭である高崎映画祭総合プロデューサーとして活躍。