フォトグラファー 松本 えり奈さん
(2020年07月31日)
遺影にやさしさを込めて
「家庭にある写真で、一番見る機会が多いのが遺影だと思います」。フォトグラファーの松本えり奈さんはこう話す。
「遺影を見ながら、おばあちゃんはこの服が好きだった、笑い方が可愛かった、みたいに会話のきっかけになることも多いです。こんな価値のある写真はなかなかありません」と続ける。
松本さんはフリーランスのフォトグラファーとして、イベントの撮影や企業や大学の広報活動用の写真撮影が主な仕事だ。中でも力を注いでいるのが遺影として残す写真の撮影だ。
遺族の手元にある写真から選んで、遺影として使用するのが一般的だが、松本さんの下には自分の遺影を用意しておきたいという、お客さんがやってくる。亡くなる間際の苦しそうな表情や、おざなりな写真で自分の姿を残したくない、という思いが依頼の背景にある。依頼者には女性が多く、男性だと企業の経営者が多いそうだ。
撮影当日は、自分の好きな服をいくつか持ってきてもらい、それを着て1、2時間かけて撮影する。特に女性の場合、お気に入りの服を大量にスタジオに持ちこみ、何着も着替えて、ノリノリで楽しい撮影になることが多く、その場の温かい雰囲気が遺影として収められる。
松本さんの父方の祖母が亡くなったときの経験が、遺影に惹かれたきっかけだ。
「入院中の祖母にはいつも親族の誰かが病室で付き添っていました。でも最期を看取ることができたのは私と父だけ。父の兄弟には、臨終に間に合わなかったことを悔いている人もいました」。
その後、お気に入りの帽子をかぶった祖母の写真が遺影として使われた。法要などで親族が集まるたびに「おばあちゃん、あの帽子が好きだったよね」という会話をきっかけに生前の祖母の話題に花が咲いた。
こうして松本さんは大切な人がいなくなった悲しみを、素敵な遺影が和らげてくれることに気がついたという。
遺影は、自分がこの世を去ったあとに大切な人たちに届けることのできる最後のやさしさだ。
読者の皆様も、お気に入りの服や靴をもって、遺影を撮りに行ってはいかがだろうか。松本さんの飾り気のない、まっすぐな人柄を前にしたとき、自然と素直な表情になり、やさしさが伝わる写真に仕上がるはずだ。
遺影のほかにも障害をもつ子どもたちと、その家族の撮影にも力を注ぐ。普段と違う環境に不安を感じる子どものため、急かさず撮影できる一軒家をスタジオとして利用しているそうだ。
松本さん
高崎商工会議所『商工たかさき』2020年7月