世界的価値!上野三碑を世界記憶遺産に

(2015年12月1日)

内外の関心が高まり当所も応援


 1300年前に建立された多胡碑、山上碑、金井沢碑の上野三碑がユネスコ世界記憶遺産の国内候補に選定され、その価値があらためて注目されている。国内最古級の三碑は、観音山丘陵南の半径1.5kmの中に集中し、観光面でも大きなポテンシャルを持っている。
 上野三碑の記憶遺産登録は、高崎市の活性化に大いに資するもので、高崎商工会議所も各企業に呼びかけて応援をしている。

「商工たかさき」 2015/11号より
 

■高崎の国際的な評価に連動

●内外に反響、早くも記憶遺産の効果

 上野三碑を世界記憶遺産に登録する運動は、三碑の価値を世界へ訴え、高崎の知名度アップと観光集客も視野にいれた取り組みである。
 世界記憶遺産の国内候補に選定されたことが9月末に報道されると、全国に上野三碑と高崎市の名が広まり、上野三碑が市民の誇りとして再認識された。三碑への関心が高まり、早くも効果が現れている。
 市内外から三碑の見学者が増加し、多胡碑に隣接した多胡碑記念館の10月の入館者数は、前年よりも約200人多い約900人となっている。入館せずに多胡碑だけを見学する人はカウントに含まれていないので、実際の見学者数はこれを上回る。都丸芳明館長によれば、富岡製糸場と合わせた視察の申し込みが県外から増え、マスコミ取材が特に多く、「これまでにない関心の高まり」という。

●シティプロモーションと連動し世界都市となることが最大の効果


 反響があったとは言え、200人の増加ではあまり観光集客に結びついていないのではないかと感じられることだろう。では、これまで実際に三つの石碑を見ている人がどれだけいるだろうか。多胡碑は上毛かるたに入っているので群馬県民であれば名前だけは知られているが、山上碑、金井沢碑は、言うなれば隠れた名所で、まさに埋もれていた高崎の観光資源が発掘されたと言えるだろう。
 上野三碑を世界記憶遺産に登録する意義は、単に、三碑の価値を示すことにとどまらず、高崎の国際的な都市評価につながる点にある。三碑を長く保存してきた地域の尽力を踏まえた上で、1300年の歴史を継承し、三碑を学び伝えるなど、高崎の市民力の高さ、文化に対する理解の深さを世界に示すものだ。海外観光客や国際的な大会の誘致、高崎の産業力・都市力を首都圏にPRするシティプロモーションと連動し、歴史文化の分野から高崎の輝きを際立たせるものである。
 記憶遺産は「世界的に後世に伝えることが重要な文書」などを対象としたもので、三碑は高崎市民が誇りを持って世界に発信できるものだ。国内最古級の三つの石碑が半径1・5㎞に集中している集積性は稀有であり、三碑が前後50年の間に建立されたことも特筆すべきだ。碑に記された古代都市・高崎の姿は、大きな夢が広がる観光資源である。
 記憶遺産登録の可否が決まるのは2年後だが、2年後を待つことなく、上野三碑への関心の高まりを逃すことなく、観光など高崎の活性化につなげていく取り組みが始まっている。

●見学者の利便性も向上

 高崎市は、今夏、山上碑と金井沢碑の散策路をきれいな木道に整え、障害者用も含めたトイレを設置した。金井沢碑には広い駐車場が作られ、見学者のための環境づくりが大きく前進している。こうした取組みと記憶遺産候補による知名度アップにより、多胡碑だけではなく、山上碑・金井沢碑の見学者も増えているようだ。高崎市では、幹線道路から三碑への案内表示を増設するなど、見学者の利便性を更に高めていく考えだ。
 また、高崎市では小中学生向けの学習教材として上野三碑のハンドブックの制作を進めており、一般への頒布も予定している。

■高崎駅は世界遺産・記憶遺産の玄関
上信電鉄は歴史観光鉄道に

●観光客に便利な多胡碑新駅を

上野三碑の位置

 上野三碑は世界的な価値を持つ第一級の史跡であり、様々な切り口で、様々な組み合わせで観光へ取り込んでいくことができそうだ。また、三碑は上信電鉄沿線の近距離に集まっているので、電車、ウォーキング、サイクリング、自動車と移動手段に応じた楽しみ方ができるのも大きな特徴だ。
 記憶遺産登録の仕掛け人の一人、上野三碑世界記憶遺産登録推進協議会の横島庄治会長は、上野三碑による歴史観光が、高崎、群馬の産業を活性化させる大きな力になると指摘している。横島会長は上野三碑を歴史観光資源として生かしていくために、三碑をつなぐ上信線に多胡碑最寄り駅を設置すること、多胡碑記念館を上野三碑ビジターセンターとして拠点整備することが必要と考えている。
 高崎駅は世界遺産「富岡製糸場」の玄関口であり、上信電鉄を利用する観光客も増加している。世界記憶遺産をめざす上野三碑は全て上信線沿線にある。金井沢碑は根小屋駅、山上碑は西山名駅から徒歩圏内だが、多胡碑は吉井駅から歩いていくにはやや遠い。多胡碑から真南の場所に最寄り駅を新設できれば、徒歩で15分程度となり、三碑を上信線で回遊することができる。また、上信線は富岡製糸場にアクセスしているので、歴史観光鉄道、世界遺産鉄道としての魅力が高まる。上信電鉄は富岡製糸場など沿線の製糸業に貢献してきた歴史があり、ローカル鉄道の旅が歴史観光のストーリー性に奥行きを与える。

●「上野三碑ビジターセンター」を観光拠点に

多胡碑記念館
金井沢碑の覆屋
山上碑の覆屋

 散策路が整備されたものの山上碑、金井沢碑は史跡があるだけで、三碑の中では多胡碑記念館が唯一の見学者施設である。記念館では多胡碑と吉井地域の関連史跡を中心に、三碑の理解を深める展示が行われているほか、資料やグッズも販売されている。横島会長は、多胡碑記念館を上野三碑ビジターセンターとして機能強化をはかり、拠点化していくことが歴史観光を促進していくためには不可欠と考えている。
 山あいに建立された山上碑と金井沢碑は狭い地形のため、一度に何百人も見学できる状況ではない。山上碑への道も狭く大型観光バスは入れないので、観光ルートにするには工夫が必要だ。
 一方、観光客の収容面では、多胡碑は敷地も広く、近くに運動広場用の大駐車場があるので、調整すれば大型バスを受け入れられる。上野三碑ビジターセンター機能の実現は、山上碑、金井沢碑の地形的弱点を補うものとして観光集客に大きな役割を担う。
 時間的制約で三碑を全て見学できない行程も予想でき、現状でも多胡碑と富岡製糸場の観光ルート化が進んでいることから、上野三碑を代表する拠点として稼働できる。現在の記念館内には大人数を収容するスペースは無く、講演会や研修会を実施するのが難しいので、多目的なビジターセンターづくりを期待したい。来訪者のおもてなし館として、地域活性化に貢献できるものとなるに違いない。

●上野三碑でたどる1300年のストーリー

 三碑全てを観光的に仕立てる必要はなく、山上碑と金井沢碑は、木々の中にひっそりとたたずんでいるのがいい。山上碑と金井沢碑は、見学者の人数を競うような観光地とは性格が違う。
 三碑はいずれも石碑保護のため、覆屋の扉が閉まっており、中に鎮座している石碑をガラス越しに見るだけだ。特別な開扉日か研究などのために事前に申請を出さない限り、直接見ることができない。上野三碑の実物そのものは非常に地味なものであるが、1300年の歴史をたどるストーリー性によって、他にはない観光の楽しみ方を提案していくことが重要だ。
 山上碑、金井沢碑は観音山丘陵の高崎自然歩道で白衣大観音、少林山達磨寺へとつながり、自然の中でウォーキングも楽しめる。上野三碑は半径1・5㎞の距離圏に集中していることが大きな特徴であり、三碑巡りウォーキングもこれから増えていくだろう。長い160段の石段を息を切らせて登り着く山上碑を始め、三碑巡りのストーリー性が歴史観光につながる。ウォーキングやサイクリングコース、自動車で移動するコースなど歴史散策ルートマップはすぐにでも実現可能だろう。

■古代を散策する三碑の回廊
-上野三碑が解き明かす古代ハイテク産業都市-

●三碑の世界を新たに描く

 多胡碑、山上碑、金井沢碑を「三碑」として注目し、保存に力を入れたのは初代群馬県令、楫取素彦だ。高崎にとって楫取県令は県庁を高崎から前橋に移した張本人だが、多胡碑周辺の土地を政府に買い上げさせて公有化するなど、三碑の価値をいち早く認めた功労者であり、「深草のうちに埋れし石文の世にめつらるゝ時は来にけり」と詠んだ。
 平成21年に吉井町と高崎市が合併し上野三碑が高崎市となったこと、平成24年が多胡碑に記された多胡郡建郡(和銅4年=711年)から1300年にあたったことから、上野三碑の再検証が盛んとなった。富岡賢治市長が前職の群馬県立女子大学長の時に提唱した群馬学の講座で、研究者が上野三碑の意義を改めて示したことも、今回の世界記憶遺産登録の流れを作っている。
 群馬県立女子大学群馬学センター・副センター長の熊倉浩靖教授は、三碑の碑文が、一部漢文を含むものの日本語の語順で読めることに着目し、現代へと通じる上野三碑の価値を明らかにした。今回、上野三碑を「世界記憶遺産」という枠組みで一体的にとらえ直した功績は大きい。三碑の碑文に日本人の精神性を見出し、そして多胡郡が国際的な側面を持つ、古代の最先端産業都市であったことをあらためて描きだした。

●古代ハイテク産業都市の風景

 上野三碑は、全て多胡碑に記された多胡郡内にあり、この地の人々は豊かな文字文化を持っていたことを示す。多胡郡は吉井地域と南八幡地区、藤岡市の一部で、「多胡」は胡人=渡来人が多いことを表し、渡来人がもたらした最先端技術で、ものづくりを行う当時のハイテク産業都市であったと考えていい。群馬県は、朝廷が東北地方を平定するための最前線であったとされ、その中でも多胡郡が、重要な拠点機能を持っていたのだろう。
 吉井町の南に広がる山並みは大陸の風景を思わせ、渡来人は故郷を思いながらこの地に愛着を持ったのではないだろうか。吉井地域には瓦を焼いた窯跡、糸を紡ぐ紡錘車が大量に出土した遺跡などがあり、特に紡錘車の出土量は全国一である。渡来人により、当時の最先端産業である織物、瓦、須恵器の生産が集積していたのだ。
 多胡郡の推定人口は7、500人で、現在の人口比に換算すると、約15万人から20万人がこのエリアで工業生産をしていたことになる。山上碑に記された佐野三家は、現在の佐野地区の烏川沿いの朝廷の直轄地で、水運の拠点だった可能性もある。熊倉教授は「つくば研究学園都市と京浜工業地帯が一つになったようなもの。高崎は古代から流通拠点だったのではないか」と考えている。多胡郡は当時の最高水準の都市であった。

●さらに広がる三碑の世界

多胡郡の推定範囲と上野三碑

 上野三碑に登場する人物も個性的である。三碑の研究は、これまでも盛んに行われてきたが、まず大きな謎として残されているのが、多胡碑に刻まれた「羊」だ。人名説が有力で、羊伝説に英雄として登場する。また、同じく多胡碑に刻まれた藤原不比等は、意外なところで群馬にゆかりがある。歴史には、天智天皇と車持公の娘との間に生まれた落胤説がまことしやかに記され、竹取物語では、不比等をモチーフにした「車持皇子」が登場する。車持公は、榛名山麓一帯に勢力を持っていた豪族とされ、榛名地域には車持神社が残る。「車(くるま)」は「群馬」の語源であり、久留馬(榛名地域)、車郷(箕郷地域)の地名が市内に残る。落胤説の真偽とは別に、車持公は朝廷内で相当の身分であり、その姫君も天智天皇と噂が立つほどの女性であったのであろうか。
 また、山上碑を建てた長利は放光寺の僧であるが、当時の僧は現在の大学教授のような立場で相当の学識者である。長利の母、黒売刀自は非常に教育熱心で、息子を立派な学者に育てたいと学ばせた。長利はそんな母への感謝を込めて山上碑を建てたのだろうか。
金井沢碑からは女性が活躍していた古代社会が想像され、1300年前から「かかあ天下」が繰り広げられたのかもしれない。

●全国唯一の古代ロマンの里に。注目される多胡郡衙の発掘

 高崎市教育委員会は平成23年から、多胡郡の郡衙(役所)の本格的な発掘調査を多胡碑の南方で進めており、平成26年度に郡衙の主要施設である正倉院(倉庫群)跡を発見した。建郡の石碑と郡衙が揃うとなれば、日本で唯一の事例となる。高崎市教委は郡衙の全容解明に力を入れている。
 上信線に多胡碑の新駅ができれば、古来、豊かな文化を誇った風景の中で、行政府の郡衙と、記録となる石碑が一体的に散策できる。
 上野三碑に思いを寄せると、その世界は夢が広がる。多胡郡という古代高崎の都市像や世界観を大きな観光資源とし、奈良の明日香(飛鳥)や斑鳩のような楽しみ方が提示できそうだ。誰かを連れて行って、話をしたくてたまらなくなる。上野三碑は、そんな魅力を持ったロマンの里なのである。

■ ■ ■

今こそ眠りから覚めよ
上野三碑世界記憶遺産登録推進協議会 横島 庄治 会長

 天変地異や戦火から三碑を1300年も守ることは容易ではなく、誇るべき群馬の力だ。三碑は多民族、多文化が共生し、東アジア文化圏を形成していたことを示し、世界的な価値を持つ。シルクロードの東端がこの地にあったと考えてもいい。
 歴史は、今につながっている。地域固有の文化を歴史観光の資源として生かしていくため、皆さまがそれぞれの立場、分野で知恵を出していただきたい。群馬の県民気質は、がんこで照れ屋なので、自分たちの良さを語りたがらないが、今こそ、群馬が眠りから目覚める時だ。市民、県民に活動の輪を広げ、上野三碑を全世界へ伝えていきたい。

■ ■ ■

碑文が読めることに大きな価値が
群馬県立女子大学群馬学センター・副センター長 熊倉 浩靖 教授

 1300年前に記された古代の文字が自分に読めるはずがないと、思いこんでいないだろうか。三碑は市民誰もが読めることを知ってほしい。中学生でも碑文の文字を拾うことができる。三碑は1300年前の人づくり、国づくりの証で、人々が書き表す力を持ち、読み伝えてきたものだ。記憶遺産への登録推進を受けるように、地元の吉井や南八幡地域では、三碑を読む活動が動き出している。本当にすばらしいことだ。
 三碑は漢字という共通の言葉で日本とアジアが結び付いていたとともに、読み、書き、話し、聞くという言葉の共有が行われていたことがわかる。三碑は一級の史跡、文化財であるとともに、一級の史書、古典なのである。

 
 
 
(商工たかさき・平成27年11月号)

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