38.高崎新風土記「私の心の風景」

水沼橋遠望 -覚悟の人の声が-

吉永哲郎

 橋の上は、見晴台といわれる所はべつとして、日常的に遮(さえぎ)るものがないひろびろとした風景を眺められるところです。ぼんやりと川の流れを見つめ、川上の風景を見やり、流れの果てに思いを馳せていると、日常を離れてほっとし、また逝き去った人を思い出したりします。車の往来が激しい橋上を、憩いの空間にすることは不謹慎ですが、この空間こそ癒しと精神のゆとりを形成する場であると思います。
 さて、烏川上流、倉渕の水沼橋上から眺める風景は、忘れてしまったよき日本の山里のたたずまいを感じさせます。五月のさわやかな川風に吹かれながら、この風景にしばし見入っていると、眼下に旗がはためいているところがあります。近くにいきますと、「偉人小栗上野介 罪なくして此処に斬らる」と記された碑がありました。小栗上野介忠順(ただまさ)は井伊大老に抜擢され、日米修好通商条約批准書交換の使節としてアメリカに渡り、その後、横須賀造船所など日本近代化方策を打ち出した人ですが、慶応四(一八六八)年一月、江戸城での大評定中終始主戦論を唱え、徳川慶喜より勘定奉行を罷免されました。そして権田の地に隠棲帰農し、有能な若者の育成に夢を託そうとしていた矢先、東山道総督府に「反逆の企てあり」と、斬首されたのです。
 水沼橋上から、小栗の無念の声が聞えてきます。佐藤雅美の近著『覚悟の人』(岩波書店)をお読み下さい。

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