54.高崎新風土記「私の心の風景」
くだもの街道
吉永哲郎
各地にいろいろな名称をもつ街道がありますが、「くだもの街道」もその一つです。高崎の上大島から中里見の国道405号沿いに、この標識があります。フルーツ街道という名称も県内にありますが、ひらがな表記の「くだもの街道」には、なんとなくロマンを感じさせます。この街道は、春から季節の移りにしたがって、梅、桃、梨の花が咲き競い、やがて街道筋に直売の看板が掲げられ、実りの季節到来を告げます。特に秋は、里見梨がよく知られ、最近、プラムもその仲間入りをしているようです。
梨の語源は、内部をさす「ナ」、酸味をあらわす「スミ」が縮まって「ナシ」となったといわれます。「日本書紀」に記録されているように、野生種は古くから日本にあり、今、目にする梨は栽培品種です。赤ナシは長十郎、青ナシは二十世紀と、それぞれが代表ナシとして親しまれてきましたが、近年は幸水・豊水・親水などの糖度の高い品種が時期を追って店頭に並びます。
さて、梨の実を見るたびに思い出すことがあります。スイスのヴァレー州ラロン村の詩人リルケの墓を詣でての帰り、詩人が晩年過ごしたシエールのミュゼットの館を訪れた時でした。館のまわりはブドウ畑でしたが、防鳥網を張った果樹園もありました。瓢箪<ひょうたん>型をした青い実が目にはいり、思わず手にして口にしましたら、酸味の強い実でした。それは熟していない洋ナシでした。このことがあって、秋の「くだもの街道」を歩くときは、文庫本の『リルケ詩集』を、いつも上着のポケットにしのばせていきます。
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