万葉花木散歩
10・葎(むぐら)(やぶがらし)
吉永哲郎
「むぐら」は、藪に覆い茂る雑草の総称で、現在のヤエムグラ(八重葎)・ヤブガラシ(藪枯らし)などのこと。一般にカナムグラ(金葎)といわれています。
小学校の頃、夏休みの自由研究で昆虫採集を選び、蝶をよく追いました。私は蝶のなかでも羽根に鮮やかな青筋が描かれた「アオスジアゲハ」に魅せられました。多くの蝶はヒラヒラと舞うのですが、直線的に鋭角に舞うので、なかなか捕獲できませんでした。子どもの鋭敏な観察眼で、ヤブガラシの花を好んでとんでくることを知りました。ところがヤブガラシは荒れたところに群生し、茎はつる状に這い延び、高いところで花を咲かせています。人のめったに入るところでない藪の葉隠れが不気味で、捕獲は難しかったことを思い出します。さて、万葉人は
思ふ人來むと知りせば八重葎覆へる庭に玉敷かましを
(あなたがお出でになると知っておりましたら、雑草に覆われております庭を、きれいにして、お待ち申し上げておりましたのに)、
玉敷ける家も何せむ八重葎おほえる小屋も妹とし居らば
(立派な家が何になりましょう。たとえ藪枯らしが覆い茂っているあばら屋でも、あなたと一緒でしたら、それで十分なのです)などと、恋の小道具に葎を詠んでいます。せつない思いの万葉人を、思わずにはいられません。
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