ビジネスパーソンにお薦めするこの1本80
コントラクト・キラー
志尾 睦子
1990年 フィンランド=スウェーデン
監督:アキ・カウリスマキ
出演:ジャン・ピエール・レオ/マージ・クラーク/ケネス・コリー
焦り転じて福となす かも
11月になっても夏日を記録する日がある今年。気候変動の恐ろしさを感じると同時に、不思議な気分にもなっています。例年ですと日に日に増す風の冷たさが、一年の終わりを切実に伝えて来て、良い意味で焦りを感じていたと思うのですが、今年は妙な気候のせいで、その感覚が少しのんびりしてしまいます。焦りは禁物とはいいますが、少しばかりの緊張感と焦りはやはり必要なのだろうなと、現実の時間軸を前に、気を引き締めようと思う毎日です。
文脈は全く違うのですが、それでもどこか共通項のある焦りという点で思い出した作品を今回はご紹介します。
舞台は1990年代のイギリスです。フランス人のアンリは、この地へ来てから長いこと水道局に勤めているのですが、職場の同僚とも交流することなく、ただ静かに毎日働き、家と職場の往復を続けていました。それがある日突然リストラされてしまいます。知り合いもおらず他に行くあてもない孤独なアンリは、自らの命を絶とうと決意します。ロープを買い、首を吊ろうとするのですが失敗。次に選んだ手段も失敗に終わります。なぜだ、と頭を抱えるアンリは、ふと目にした新聞でコントラクト・キラーの存在を知るのです。ついに殺し屋の元締めを探し出した彼は、自分を殺すよう依頼します。契約が成立し、一安心したアンリは殺し屋を待つ間、自宅前のパブで時間を潰すことにしました。その店に、バラ売りの女・マーガレットがやって来ます。一瞬にして彼女に恋してしまったアンリは、殺し屋の追手を振り切り、彼女のアパートに転がり込みます。事情を明かしたアンリにマーガレットは、契約を解除すればいいというのですが、なんと、元締めの店は無惨にも焼失していて、殺し屋がその指令を解かれることは無くなってしまったのです。さて。アンリとマーガレットの運命はどうなってしまうのでしょうか。
メリハリのある色味、光と影、表情を変えない登場人物たち、ポツリとつぶやく言葉、どれもが印象深く心に残ります。深刻な事態だというのに、皆が皆どこか間抜けなのです。でも瞬間瞬間を誠実に真面目に生きていることが伝わってくる。日々を淡々と生き、リストラもすんなり受け入れ、死を望んだアンリは、突如愛を知り命を追われるようになって初めて生きるための焦りを感じる。そこに生命の輝きが見えました。独特の世界観で人生のおかしみを描き上げるカウリスマキ監督作品は滋味に満ち、秋の夜長にピッタリです。
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