ビジネスパーソンにお薦めするこの1本 No.66

山の郵便配達

志尾 睦子

1999年 中国 93分
監督:フォ・ジェンチイ
出演:トン・ルゥジュン/リィウ・イェ

肉体と時間を使ってこそ見えてくるものは

 空が秋めいてくるのを日に日に感じます。とくに陽が落ちる時の山際には秋独特のものがあって好きです。活動的なイメージの夏から、静かに耐え忍ぶイメージの冬へと移行する秋は、物事を一番冷静に見られる季節という感覚があります。忙しく情報に溢れた毎日を過ごしている中で、こうした秋を感じる景色は、大事なことを思い出させてくれる時間に繋がる気がします。先日もそうして山を眺めている時、ふと、日の暮れた山道を歩く人の姿が浮かび、思い出した一作がありました。

 舞台は1980年代の中国・湖南省西部の山岳地帯。車の往来もできない険しい地域で暮らす人々のもとに、徒歩で郵便を配達する男がいました。若い時からそれを生業にしてきた郵便配達員は、年月を重ね初老の年齢となり足腰がきかなくなっています。彼の杖となり、相棒として支えてくれるのは飼い犬・次男坊で、愛犬と一緒に山を巡りながらどうにか仕事に出かけていましたが、もう限界だと、ある日引退を決めます。そして男はこの仕事を一人息子に引き継ごうと、自身にとって最後の配達に息子を連れていく事にするのです。

 麓で山岳地帯の集落へ届ける郵便を預かり、徒歩で出かける配達作業は一回につき最低でも二泊三日を要します。山を越え、村から村へ、男は送り主の気持ちを大切に預かりながら、手紙を待つ人々のもとへと長年郵便を届けてきました。息子は、父親が郵便配達員であることを知ってはいても、家を留守にしてばかりで寡黙だった父に、ずっと距離を感じてきました。仕事の引き継ぎも儀礼の一つとして淡々と受け止めようとした息子でしたが、一緒に山を歩く中で、父親がやってきた郵便配達員の真髄に触れていく事になります。

 半日歩き続けることもある過酷な仕事を、父親はなぜ続けて来たのか。一通の郵便に込められた想いに触れ、村の人びとの生活と、心に寄り添ってきた父親は、そのことを言葉少なに、でも確実に息子へと伝えていきます。そして息子も、自分の足と体全部で村の人々の生活に触れる事で、父と初めて向き合っていくのでした。

 大自然と対峙しながらそこで生きる人たちの生命力が、画面に凝縮されます。不便な生活だとしても、そこで暮らす人たちは豊かな時間を過ごしています。温かな心の交流と絆に触れる時、物や情報に溢れた今の生活を少し冷静に振り返ることができる気がします。受け継がせる人の想い、受け継ぐ人の想いに寄り添える一作でもあります。

志尾 睦子(しお むつこ)
群馬県立女子大学在学中にボランティアスタッフとして高崎映画祭の活動に参加。群馬県内初のミニシアター「シネマテークたかさき」の総支配人を務めると同時に、日本を代表する映画祭である高崎映画祭総合プロデューサーとして活躍。

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