私のブックレビュー10
『わからない音楽なんてない! 子どものためのコンサートを考える』
志尾睦子
大友直人/津上智実/有田栄 著
アルテスパブリッシング
ホンモノを伝えるためには…
子どもたちが定期会員となり、オーディションでソリストや演奏者になり、テーマ音楽やチラシの絵を応募して作り上げる史上かつてないコンサート。大友直人、東京交響楽団、サントリーホールは何をめざしたのか――。 「表紙紹介文より」
2015年11月の開催で56回を数えた東京交響楽団&サントリーホール「こども定期演奏会」これは、年に4回のシリーズで2001年に始まったもので、この活動の中心人物は大友直人さん(現・群馬交響楽団音楽監督)です。本作はこの「こども定期演奏会」の初期と言える12年間に携わられた大友さんらの活動実績をまとめながら、子どもたちへ本当に良い音楽プログラムを伝えるにはどうしたらよいのかを考えていくものです。
第1章は12年の活動を振り返る大友さんのインタビューで構成され、2章から6章までは、音楽のアウトリーチ教育の実践者津上智実さん(神戸女学院大学音楽学部教授)、「こども定期演奏会」のプログラム解説と台本を手がけた有田栄さん(昭和音楽大学教授)が、それぞれ執筆されています。世界の子ども向け演奏会の歴史を紐解きつつ、子どもと音楽の理想的な出会いはどこにあるのかを問いかけるものです。こどものための音楽会と聞くと、どこかゆるみのあるワイワイガヤガヤした雰囲気を想像していましたが、大友さんたちが目指した演奏会は、こどものためではあるけれども「本格的な演奏会」であり、クラッシックをホールで楽しむコツを伝授するものでした。これは、文章で読むだけでも大変興味をそそられるものです。
例えば、本当の静寂を作ってみるという実験。演奏を聞く環境はどうやって作り出すのか、なぜそうする必要があるのかを子どもたちに投げかけて、オーケストラと観客とが一体となって静寂を作り出すのだそうです。そうすると本当に2千人いるホールが一瞬にして静寂に包まれてしまう。観客が意識して空間を作り出すことはパフォーマンスに参加することでもある、と誰もが知る瞬間なのでしょう。ただ静かに聞きなさい!と声を上げるよりもはるかに効果的な実験だと面白く感じました。
また、選曲を子ども合わせにしないことも、重要だと述べられています。子どもの理解力を信頼し、音楽の力を信用することで、どんどん経験値を高めていけると。そのためにいかにして聞いてもらうかという工夫の試行錯誤が、生き生きとした活動時間の中で記録されています。
音楽についてのお話ではありますが、すべての事柄に共通する、「伝える技術」が本書には詰まっています。伝える、ということは、実は自分自身が最善を尽くすということであり、多大なエネルギーを費やす仕事なのだと改めて実感させられました。人をまとめる、導く、そんな立場に立たれる方には抜群にオススメの一冊です。
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