ビジネスパーソンにお薦めするこの1本 No.43

127時間

志尾 睦子

2010年 アメリカ=イギリス
監督:ダニー・ボイル
出演:ジェームズ・フランコ


絶望から脱出した男の物語とは

 肌をかすめる風が随分と冷たくなりました。年末に向けて忙しくなってくる頃、体が冷えるのを放っておくと心まで冷えてしまうことがありますから要注意です。心の冷えは、様々なことをマイナスに結びつけてしまうものです。体を動かしたり温かいものを食べて内側から温めることが重要ですが、自分と人を結びつける感情もまた内なるエネルギーを沸かせ、心を温めてくれるものです。人は一人では生きられず、誰かと手を取り合って生きるもの。大切な人たちのことを思うことで、孤独にも絶望にも打ち勝てると信じることが大事です。それは自ずと熱となり活力となってくれるはずです。今回はそれを実証した奇跡の物語をお届けします。

 本作は、登山家のアーロン・ラルストンの自伝『奇跡の6日間』を映画化したものです。2003年4月の出来事。当時27歳のアーロンは大自然に飛び出しキャニオニングをライフワークにする冒険家でした。社会の喧騒から逃れ、山を登り、渓谷や岩場を体一つで渡っては未知の世界を切り開き、心を解放していく。この日も彼は急に思い立ち、ユタ州のキャニオンランズ国立公園へと出かけました。いつものように一人で大自然を相手に道なき道を進みます。大きな切り立った岩には細い切れ間があり、そこもまた彼の冒険の一つの道でした。腕力と脚力を使い、背筋を駆使して少しずつ岩場の隙間を進むうちに思わぬアクシデントが彼を襲います。足を滑らせ谷間に落ちてしまうのです。そしてさらに態勢を治す間も無く、上から落ちてきた岩に彼の右腕を挟まれてしまいます。

 物理的な孤独が、壮大な映像で迫ってきます。大声を出そうと、何をしようと、誰にも届かず、彼はたった一人で何もできない。強烈な痛みに耐えながらアーロンはこの事態をどう乗り越えるのかと考えます。家族に行き先も伝えなかったことを悔いても後の祭り。携帯電話もない。脱出を試みようとも腕が挟まったままで身動きができず、彼はどんどん憔悴していきます。手元にあるのはほんのわずかの水と、ビデオカメラだけ。アーロンは死を覚悟してビデオカメラを回し、家族への想いを語り始めます。
 アーロンは極限状態の末、自らの腕を切断して生き伸びます。無にならんとしていた心に火を灯したのが、家族への想いであり再び社会と繋がる自分の姿だったのです。自らを諦めないこととは、人と結びつく自分を忘れない事でもあるのだと、心に刻んだ一作でした。

志尾 睦子(しお むつこ)
群馬県立女子大学在学中にボランティアスタッフとして高崎映画祭の活動に参加。群馬県内初のミニシアター「シネマテークたかさき」の総支配人を務めると同時に、日本を代表する映画祭である高崎映画祭総合プロデューサーとして活躍。

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