ビジネスパーソンにお薦めするこの1本 No.33
クロワッサンで朝食を
志尾 睦子
2012 フランス=エストニア=ベルギー
監督:イルマル・ラーグ
出演:ジャンヌ・モロー/ライネ・マギ
クロワッサンの香りに
人生を重ねてみる
いよいよ年末です。デスクに溜まった名刺の束を整理しながら一年どんな時間を過ごしてきたのかと思い返しています。名刺交換をしない方との出会いも当然あるわけで、記録に残らなくても記憶に残る出会いやご縁をいただけたことに、素直に感謝しています。同時に、その出会い一つひとつを丁寧に繋いでいくことこそが大事なのだと痛感しています。わかっていてもそう言うことは忙しい時間に飲み込まれがちですから、改めて襟を正していきたいものです。さて、今回はそんな出会いをモチーフにした素敵な物語をご紹介します。
エストニア人のアンヌは、長く看病していた母親を最近看取ったばかり。悲しみがなかなか癒えない中、新しい一歩を進むため、単身パリに向かうことにしました。若い頃からパリに憧れを抱いていながらエストニアを離れられなかった彼女の一念発起でした。降り立ったパリの街はまばゆい光に包まれ、アンヌは新しい生活に夢を膨らませます。
勤務先は高級アパルトマンで、そこには年老いたフリーダが一人で暮らしていました。毒舌で気難しいフリーダは、初日からアンヌを追い返そうとし、前途多難な始まりでした。アンヌを家政婦として雇ったのは、フリーダのその性格と孤独な暮らしを心配した年下の元恋人でした。
フリーダは最初アンヌが作った朝食に全く手をつけようとしませんでした。フリーダの朝食は、クロワッサンに紅茶と決まっていたからです。それを知ったアンヌはそのメニューを用意するのですが、今度はスーパーで買って来たクロワッサンを一瞥しこれは本物ではない、と食べません。『クロワッサンはパン屋で買うものよ。』と言うのです。一見するとわがままのようですが、こうした言葉に象徴されるように、フリーダは丁寧に作られたもの、本物の質と輝きを大切にして生きて来たことがわかってくるのです。実はフリーダもアンヌと同じようにエストニアからやってきた女性で、様々な困難を乗り越えて来たのでした。アンヌはフリーダが心を閉ざす理由や、生きる姿勢に気づいていきます。
誰かが誰かに出会うことの必然が、この物語には描かれます。そして人は時に孤独にさらされますが、生きる強さと信念を持ってさえいれば、いつかまた輝く人生の時間をもたらしてくれるのだとも伝えてくれます。
大事な人を思い浮かべながら美味しいクロワッサンを食べてみてはいかがでしょうか。きっと素敵な年を迎えられるに違いありません。
- [次回:ミッドナイト・イン・パリ]
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