ビジネスパーソンにお薦めするこの1本 No.23
ル・アーヴルの靴みがき
志尾 睦子
2012 フィンランド・フランス・ドイツ
監督:アキ・カウリスマキ
出演:アンドレ・ウィルム/
カティ・オウティネン
靴も心もじっくり
ゆっくりみがいてみる
立春も過ぎ春を迎える季節になりました。今年は暖冬でしたが、それでも冬の間は、少しのマイナス思考が寒さで累乗されてしまう場面も多かったのではないでしょうか。春の兆しはやはり、様々な負のエネルギーをプラスに変えてくれるような気がします。また、厳しく苦しい時代を冬と考えると、そこをじっと耐え忍べば必ず草木の芽吹く春が訪れます。日々忙しく働いていると、つい思考が苦しさの方に向いてしまうものですが、季節の力も借りてプラスの発想へ持っていきたいものです。そして大事なのはせかせかしないゆったりしたテンポ。今日はそんな観点から素敵な映画をご紹介します。
本作の監督は、フィンランドの名匠アキ・カウリスマキです。物語の舞台はフランスのノルマンディーにある港町ル・アーヴル。妻と二人暮らしの初老の男・マルセルは、若かりし頃はパリにいましたが今はこの地方都市で靴磨きをして生計を立てています。日々様々なことが起こる港町においても、マルセルの日常がそれらに脅かされることはありません。仕事の相棒であるベトナム系移民のチャングと共に、彼はいたって自分のペースを崩すことなく仕事に精を出します。日々の稼ぎは微々たるものですが、つつがなく毎日を平穏に静かに過ごせることにマルセルは満足しています。自分には出来すぎた女性である妻のアルレッティへの感謝も、彼は忘れたことがありません。
そんなマルセルにある日変化が訪れます。密入国してきた黒人少年に出会ったのです。ロンドンに住む母親に会いたいという少年の無垢な願いに心を打たれたマルセルは、自宅に少年を匿うようになります。時を同じくして、最愛の妻が病に倒れてしまい入院生活を余儀なくされます。
平穏に暮らしていたマルセルに思いも寄らない出来事が次々と降りかかるのですが、それが長い人生においてのとてもゆるやかな変化に見えてくるから不思議です。カウリスマキ監督の作風において、主人公たちは言葉が少なく、動きも決して敏速ではありません。そうした中で、登場人物たちのバックグラウンドや、心情の変化がとても明瞭に丁寧に読み取れていく面白さがあるのです。
移民問題にも鋭く切り込み社会的風刺も鋭いのでそんな視点からも味わい深いものがありますが、本作の真骨頂はやはりテンポ。ゆったりと時に身を任せながらも、揺るぎない大切なものさえしっかりしていれば人生は拓けていく、そんな風に語りかけてきてくれるかのようです。小休憩にぴったりのユーモアに富んだ一作です。
高崎商工会議所『商工たかさき』2019年2月号
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