ビジネスパーソンにお薦めするこの1本 No.20
舟を編む
志尾 睦子
言葉をどう選びどう使うか
街中のイチョウ並木が美しく色づき目を楽しませてくれるようになりました。ハラハラと風に揺られて落ちる葉に見とれるうちに季節は冬に突入です。
さて、忙しく働くビジネスパーソンにとって、思慮を巡らす時間はとても大事です。秋口から冬にかけては特に、気候や環境も手伝ってその時間が多く取れるような気がします。じっくりと物を考えるのは一人の作業ですが、考えを整理していくのには言葉選びと適切な表現力が必要です。言葉に意識して触れていくと、不思議と自分の頭の中も整理され、適した表現が生まれてくるような気がするからです。今回はそんな視点から物事を見つめるヒントをもらえる作品をご紹介します。
原作は三浦しをんの同名小説。辞書を作る過程を描きながら、人生の悲喜こもごもをそこに重ねていきます。玄武書房の辞書編纂室に勤める荒木はこの道38年の大ベテラン。新しい辞書「大渡海」編纂プロジェクトが動き出したものの、定年を目前に控えています。荒木の後任を探し始めた編纂室の面々は、ある日営業部にいる馬締光也(まじめ・みつや)の噂を聞きつけます。周囲に馴染めない変わり者と見られている馬締でしたが、言語学の大学院を出ていて、言葉に対するずば抜けた才能がありました。かくして辞書編纂室へ異動となった馬締は、「辞書は言葉の海を渡る舟」であり、「編集者はその海を渡る舟を編む人」という言葉に呼応するように、時間をかけ丁寧に舟を編む作業に没頭します。見出し語は24万語。時代とともに変わっていく言葉、変わらない言葉に対応しながら編纂部の人たちは奔走して行きます。
実際に辞書を作ることの大変さや、そのアプローチ方法は知らなかったことばかりで、そこに驚きと面白さも感じるのですが、何より辞書づくりに情熱を傾ける人たちの視点や言動に、心を動かされてしまいます。そして、器用すぎないところがまた共感するところで、馬締は言葉を操るのが上手いはずなのに、自分が恋した女性へ気持ちを伝えるのにはとても苦労します。周りの人に助けられながら、馬締は想いを伝える言葉の奥深さをまた一つ知っていくのです。心の機微を丁寧に描きながら言葉の大切さを教えてくれるシーンがいくつも心に残りました。
考えをまとめるとき、想いを人に伝えるとき、どの言葉をどのように使うかで印象は変わるもの。改めて気を配るようになったのは言うまでもありません。
高崎商工会議所『商工たかさき』2018年11月号
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