ビジネスパーソンにお薦めするこの1本 No.19
スラムドッグ$ミリオネア
志尾 睦子
2008年 アメリカ
監督:ダニー・ボイル
出演者:デーヴ・パテール
今の物忘れは明日の試金石
と思えば人生は楽しい
年々記憶力が低下していきます。覚えられないことも、忘れてしまうことも、日常生活でひんぱんに起こるとストレスが溜まります。しかし反対に、なんでこんなこと覚えているんだろうと思うようなことを鮮明に思い出したりすることもしばしばです。忘れたくないことほど忘れてしまい、覚えていたいことほど知らぬ間に記憶から抜け落ちていくというのも皮肉なものですが、それでも人間の脳というのは機能的にはとても優秀なようです。一度見聞きして頭に通り抜けた情報はきちんと脳に記憶されるといい、普段は記憶の奥底に静かに沈んでいて全く思い出さないけれど、何かの拍子にそれを思い出す、フラッシュバックが人生のうちに必ず起こるといいます。こうして考えれば、経験値や勉強量が多ければ多いほど、フラッシュバックの確率が高くなるわけですから、いつかに期待して、今の物忘れは気にしない、というのも楽観的でいいのではないでしょうか。さて、今回はそんな観点から面白い作品をご紹介します。
舞台はインドの大都市ムンバイ。全問正解すると巨額の賞金がもらえるというクイズ番組に出演したジャマールは、数々の問題を正解し、いよいよ最終問題にたどり着きます。しかしここで問題が起きるのです。ジャマールはスラムの出身でいわゆる無学の青年。医者や、法律家や、大学教授といった有識者がこのクイズ番組で脱落していく中、ジャマールが正解を出し続けることに疑問の声が上がり不正の疑いをかけられたのです。取り調べをうける事態に陥ったジャマールは「答えを知っていた」と発言します。その言葉の意味を、ジャマールが答えてきた問題と正解、その「答えを知っていた」理由を積み上げて、紐解いていきます。
ひどい環境で生まれ育ったジャマールの生い立ち、経験してきた出来事がすべてクイズの答えに結び付けられていくのですが、これがひとつひとつ、強烈です。ジャマールがどんな生活をしていたのか、どうやって人格が生成されてきたのか、なぜクイズ番組に出ることにしたのか、どうやって答えを導き出せたのか、まさかと思いながらも、納得がいくから不思議です。テンポよく、圧倒的なエンターテイメント性にあっという間に引き込まれていきます。
ジャマールの人生を見つめながら自分の経験や感覚を重ねていく作業は不思議でもあり、面白くもあります。どんな些細なことでも、一つも無駄なことはないんだなと改めて気づかされました。
高崎商工会議所『商工たかさき』2018年10月号