ビジネスパーソンにお薦めするこの1本 No.2

『12人の優しい日本人』

志尾 睦子

1991年 日本
監督:中原 俊

会議室からでも世界は
広がる

 5月は、新学期・新年度の慌ただしさもひと段落し、周囲の状況が少し冷静に見られるようになる時分ではないでしょうか。なんでこんなことになってしまったのだろう? どうしたら物事をうまく進めていくことができるだろう? そんな時にこそオススメしたいのが本作です。出来事を客観的に見て判断することの大事さと、複雑な人間心理の妙とを、見事に融合し面白おかしく描き出しています。
 本作は、喜劇作家・三谷幸喜氏の戯曲を原作とした映画です。その元ネタはアメリカで生まれた1954年のテレビドラマ『十二人の怒れる男』に遡ります。そして1957年にはシドニー・ルメット監督によって映画化され、映画史においても燦然とその名を残す名作となりました。
 『十二人の怒れる男』は、父殺しの罪に問われた少年の裁判に対し、陪審員たちが評決に辿り着くまでを描いています。それが部屋の中だけで行われるのが面白いところで、カメラワークとセリフで、12人の陪審員の心理描写を的確に抽出し、飽きさせることなく観客を謎解きへと誘っていました。この法廷密室サスペンスを日本に置きかえ、喜劇に仕立て上げたのが『12人の優しい日本人』です。
 ストーリーは『十二人の怒れる男』と同様に、ある裁判のために集められた12人の陪審員が会議室に篭り一つの評決を導き出す、というものです。審理するのは、被害者が男性、被告が若い女性という事件。別れた夫から復縁を迫られた女が、元夫と路上でもみ合いになっていたところにトラックがやってきて、元夫がはねられて即死した、というものでした。被告は有罪か、無罪かの決をとったところ、陪審員全員が「無罪」に挙手をします。評決が全員一致になれば陪審は成立です。すると1人が急に、自身の意見を有罪に変えてしまいます。理由は「話し合いをしたいから」。ここだけ取り出すとなんとも不謹慎な話ですが、陪審員として「話し合いをもちたい」というある意味誠実な問いかけが、そこに集まった名も知らぬ個々の人たちの本音や思惑を引き出し、気持ちを動かしていきます。
 物的な証拠がそこに出されることはなく、被告や証言者の言葉、現場の状況といった情報だけを頼りに、彼らは議論を進めます。全てはその名の通りの机上論なのですが、巧みな会話劇は立体的な様相を呈していき実に豊かな映画になっていくのです。
 日本人的発想を客観的に楽しみ、考察のプロセスに面白さを感じながら、世界の広げ方のヒントを得られる、オススメの一本です。(2017年5月:商工たかさき)

志尾 睦子(しお むつこ)
群馬県立女子大学在学中にボランティアスタッフとして高崎映画祭の活動に参加。群馬県内初のミニシアター「シネマテークたかさき」の総支配人を務めると同時に、日本を代表する映画祭である高崎映画祭総合プロデューサーとして活躍。

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